入試情報

ホーム > 入試情報 > 卒業生の声
博士論文を書き終えて
謝 帆 言語・メディア・コミュニケーションコース

私の博士課程は、コロナで始まり、コロナで終わります。私の博士課程は、コロナで始まり、コロナで終わります。

この3年間は、どんな学生にも、どんな研究者にも、どんな人にも、かつてとは全く違った3年間だと思います。学生としてはキャンパスライフをまともに楽しめず、研究者としては学会とシンポジウムの延期と中止、地域間の移動制限、参考文献の入手困難により研究が行き詰まってしまって、また子女としては家に帰れないつらさも味わいました。博士学位にONLINEという言葉を付けなければいけないかなと、大学の同級生たちと冗談を言い合ったりしたこともあります。

しかし、痛みには鈍感な人間かもしれません。ごく一部を除いて、この3年近くの研究生活は、面白い、新鮮な、充実したものであったと思います。自分が研究したいテーマを選んで、その考えを具体的な行動に移して、さらに学位取得に繋がっていきました。これほど面白くて、素朴なことがあるのでしょうか。

私の主な関心分野は、日本文学の翻訳・比較文学・検閲文学です。博士論文の中では、文化大革命の政治イデオロギーの宣伝を達成するために翻訳された日本の文学作品とその原作との比較検討を通し、中国の内政、外交政策を分析しながら、中国側の日本の文学作品に対する解読に焦点を当て、10年間という長きにわたる文革期の中国における日本文学の翻訳実態を解明することを目指しました。

博士論文において、文革時代の日本文学翻訳の実態について、マクロの視点、すなわち作品の外部のみ注目してきた従来の研究を踏まえた上で、小林多喜二『蟹工船』、三島由紀夫『豊饒の海』4部作、有吉佐和子『恍惚の人』、小松左京『日本沈没』、堺屋太一『油断!』や文革期の翻訳雑誌『摘译』に掲載された作品など、文革期に翻訳された日本文学の原作テクストと翻訳テクストを分析対象とし、具体的な事例を通し、作品そのものに照明を当てて、体系的、網羅的であると同時に緻密な作品分析を試みて、文革期における日本文学の翻訳実態について、その輪郭を描くことができればと思います。そして、時代がどのように翻訳に反映されているか、翻訳が時代においてどのように働いているかなど、特定時期の翻訳に関わる今後の研究にその研究方法をある程度提供していると考えております。

また、博士論文は比較文学の研究でありながら、文化大革命に関わる研究の一分野でもあります。特に近年、中国ではその全体的な政治上の環境もありましたので、文革研究を含めて、研究の幅がある程度狭まっていくと考えられます。中国の自己認識にも関わっている文革研究の重要性、特に新たな未来、新たな中日関係を迎えていく今日において、その学術上の喚起は研究の目的の1つでもあります。

修士課程から西野常夫先生の研究室に所属しており、この紙面を借りて、指導先生の西野先生に心より感謝を申し上げます。何よりも西野先生の惜しみないご指導と、また私の選択に対する揺るぎないサポートが、博士号を取得するための最大の助けとなりました。

また、九大にいる5年間、いつも貴重なご意見とご指導をいただいた指導教員団の秋吉收先生、波潟剛先生、小林亮介先生、堀井伸浩先生と日本近代文学講座の松本常彦先生にお礼を申し上げます。

この4月に、人生の新しい章を迎えますが、コロナのないスタートとなるということを祈っております。

今、この瞬間も、自分の人生の中で「博士」という言葉の意味を探っているのかもしれません。それが今後の自分の学術生活に何をもたらすのか、私にはまだ知る由もないのです。学問が私に与えてくれたものを、これからも探求していきたいと思います。

小林多喜二『蟹工船』の表紙

『摘译』1975年第2期