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万物の逆旅、百代の過客
孫 平 言語・メディア・コミュニケーションコース

イーストゾーン

中央図書館一階の窓際

2022年4月22日に伊都キャンパスから自宅に帰ったとき、窓に映し出された夕日があまりにも美しく、写真をとりました(上)。その時、頭に浮かんだのは「夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり」という言葉です。これは、李白の『春夜宴桃李園序』中の一文で、時間の速さと人生の短さを表現しています。

このような感想が生まれたのは私が提出した博士学位申請論文が受理されたと聞き、博士課程に入学してからの三年間を振り返り、時間の経つ速さをしみじみと感じたからです。ちょうど三年前の同じ頃、私が本学府に入学したばかりのころ、図書館一階の窓際から元気に咲いているツツジを見ました。新しい環境への不安より美しいキャンパスで研究と生活を始める幸福感と憧憬で私の心はいっぱいでした。

本学に入学する前、私は鹿児島大学の人文社会科学研究科で一年間半の留学生活を送っていました。そこで日本近現代文学の授業を受け、文学作品を読解する基礎的な研究方法を学び、文学研究の面白さを発見しました。それをきっかけに 私は本学の博士課程に入学し、研究を続けるようになりました。その時、お世話になった先生はいつも「いろいろ悩む前に、とりあえず作品を読んで、とりあえず書く、書くうちに課題が立てられるかもしれません」とおっしゃいました。思えば、私が博論を順調に書き上げられたのは、鹿児島大学で、理想の研究者像を見つけ、そこでいただいた真摯な助言と指導に深く関わっています。

博士課程に入ると、指導先生から、個別の作家とジャンルに拘らず、日本近現代文学に関する課題に取り組めばいいですと言われました。当初、私は松本清張文学を既存の観点とは別の視点から再評価する意欲を持って、作品と連載雑誌との関係に取り組んでいました。特に女性誌に連載された作品に注目しましたが、順調には進みませんでした。一千作以上の清張作品から一つのテーマを選定するのは難題で、私はあらすじに基づき、小説に登場する要素を抽出し、一覧表を作りました。こうした作業を通じて、清張の法廷や裁判事件を描く作品がまだ十分には研究されていないことに気づきました。

博士論文では、法廷空間と社会空間の比較、取材事件の虚構と現実、事件を再現する立場の異なる語りの問題、作品の創作方法、作品に刻まれた法廷をめぐる同時代の言説、法廷に絡む人間、特に女性の造形や異なるメディアに描かれた裁判事件の意味の変遷などを論点に、法や裁判事件が清張の小説世界ではどのように解釈され、意味付けられたのかを解明しました。また、法廷ミステリーという用語の誕生の経緯及び概念の流通、清張の法廷ミステリーが日本の法廷ミステリーや裁判小説の中にどのように位置付けられるなどの問題も考察しました。

異なる作家とジャンルの文学作品を研究するには様々な方法がありますが、文学研究には原文と大量の研究論文の精読がまず第一歩です。それらの研究論文から手本を見つけ、論点の立て方を学び、作品を分析してみるのが自分の最初のやり方でした。書くうちに書き方を学び、身に付けることができます。また、私は小説の初出と初版のテクストの比較を行い、小さな本文異同からその書き替えの経緯を遡及的に考察するのが好きです。地道な作業ですが、時々面白い発見があり、そうした発見を論文で展開するのはさらに無上の喜びです。

私はいま博士号取得後のキャリアについて、今後どのような研究を続けるのか悩んでいるところです。いま、博士論文を執筆している皆さんは、ぜひ試行錯誤を繰り返し、自分にとって一番相応しい、有効な研究方法を見つけてください。「百代」の「過客」に過ぎない私たちが特定の研究分野で価値ある論考を残すことができるのは素晴らしいことではないでしょうか。