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学府長挨拶

Masao Ohno

 現代の世界は、パンデミック、国際紛争、生物多様性の喪失、気候変動に起因する激甚災害など様々な課題に直面しています。中でも、昆虫学者である私が、今、最も憂いている課題は生物多様性の急速な喪失です。
 現在、種の絶滅のスピードは年間40,000種以上にのぼると言われています。地球の歴史上、これまでにも5回の大量絶滅と呼ばれるイベントがありましたが、現代のこの絶滅のスピードは第6回目の大量絶滅に相当すると考えられています。しかも、過去の5回の大量絶滅は全て自然災害が原因であったのに対し、現在の第6回目の大量絶滅の原因は、生息環境の破壊、気候変動、過剰な採取や捕獲、侵略的な外来種など、全て我々人の営みにあります。言い換えれば、この現状を変えうるのは我々自身の行動なのです。

 しかし、生物多様性の喪失を食い止め、人と自然が共存する方法を見つけることは簡単ではありません。例えば、生物多様性の喪失の主要因の1つである「生息環境の破壊」を引き起こす「開発」は、人の経済活動や社会生活を支える基盤でもあります。それだけに、真に開発と生物多様性の保全の両立を達成するには、単に生物多様性の保全を考慮した開発や、開発による影響を最小限に抑えるための技術的な対策をとるだけでなく、我々自身が物質的豊かさのみを尺度とする価値観から脱し、自然との共生を通じた包括的な豊かさを追求する新しい価値観に基づく社会へと根本的に変革する必要があります。

 生物多様性の喪失だけでなく、上述した現代の課題は、いずれも従来の大学や大学院教育が重視してきた、個別の学問や課題に対して短期的・技術的な解決を志向するだけでは解決できません。課題に対して、長期的な視野から、様々な方法論を組み合わせてアプローチしていく態度やものの考え方を身に付ける必要があるのです。

 こうした現状に対し、地球社会統合科学府では、「地球社会的視野に立った統合学際性」を教育の理念に掲げ、「高度な専門性」に加えて、「多角的な視点」に支えられた課題解決のための分析力と実践力を兼ね備えた研究者や実務家の育成を目指してきました。九州大学で唯一の文理融合の学際教育を実践する学府として、修士、博士とも、学術、または理学の2種類の学位を授与しています。

 また、地球社会統合科学府では、フィールドワークを重視しています。フィールドワークとは実際の現場に出向いて、あるテーマに関して、歩いて、見聞きして、調べて、まとめる一連の作業です。実際にその現場に行ってみると様々な発見があり、想像もできなかったことが見えてくることも多いものです。

 生物多様性に関する理解を深めるフィールドワークの第一歩として、私はみなさんに、身近な自然環境や生物の多様性にまず目を向けることを薦めます。日本には世界のどの地域と比べても非常に豊かな自然環境や生物の多様性があります。約3,500kmに及ぶ長さのある日本列島は、2つの主要な動物地理区である、旧北区と東洋区を跨ぐ形で位置しています。実際、北の北海道と南の沖縄では山も海の様子も全く異なるし、そこに生息している生物相も大きく異なります。固有な自然環境の影響を強く受けた地域独自の社会や文化もあります。留学生の皆さんには日本への理解を深めてもらうために、また、日本の皆さんには、祖国である日本を再認識してもらうために、可能な限り、実際に足を運んで、日本各地の自然や生物、社会や文化を自分の目で見て肌で献じてほしいと思います。

 機会があれば、ぜひ旅先で出会った様々な人と話をしてみてください。複雑で広範な変化によって、多様な次元での社会的分断が進展している現状にあって、人、組織、地域を繋ぎ直すためには、様々なステークホルダーと対話し、それぞれの目線に立って議論することが最も重要であることは言うまでもありません。

 机上の空論ではなく実際のフィールドワークを通じた体験が、生物多様性の喪失だけでなく、現代社会が直面する様々な課題の解決にきっと役に立つはずです。
皆さんも地球社会統合科学で「統合学際性」と「フィールドワーク」のノウハウを身につけ、現代社会が抱える複雑な課題の解決に取り組んでみませんか。

地球社会統合科学府長
荒谷 邦雄