2025年4月1日付で、人文科学研究院考古学講座に准教授として着任いたしました、鈴木舞と申します。地球社会統合科学府では、今年度7月より授業担当教員として、兼任させていただいております。着任以来、まだ直接お目にかかった先生方、学生の皆さんは多くはない中、この場を借りてご挨拶申し上げます。
私の専門は、中国をはじめとする東アジアの考古学、特に金属遺物の研究です。大学入学前から、古代中国、とりわけ殷王朝(前15~前11世紀)とその青銅器に興味をもっていました。博物館で本物を見て、それまでの自分の勉強・生活の中では出会ったことのないモノ、そして古代中国のもつ幅広さ、高度さに一瞬で魅せられました。この時初めてお隣の国・中国を強く意識しました。いったいどれほどまでに深い歴史・文化をもっているのだろうか、と。高校卒業後いったんは理系学部へ進みましたが、たった1回行っただけの博物館での感動を忘れることができず、「やっぱり古代中国を研究したい!」と思い、文学部へ3年次編入しました。こうして殷とその青銅器を研究テーマとして、20年近くを過ごしてきました。中国殷周時代における青銅器とは、王朝による祭祀儀礼の道具、すなわち殷周王権の象徴とされており、当該期の研究において必要不可欠な研究材料です。殷周青銅器の多くには、幅1㎜にも満たない極めて緻密な文様・銘文が全面に鋳込まれており、世界最高レベルといっても過言ではない、極めて高度な技術で作られています。こうした殷周青銅器に対し、その生産体制(資源獲得の方法、鋳型作りや青銅器そのものの鋳造技術、そしてそれらがどのように組織化されていたのか等)の解明に取り組んでいます。これらの課題は考古学だけで解決することは難しく、現在は鋳造技術者、3D等の最新の情報技術、分析化学の専門家の方々と協働して研究を進めています。また近年では、中国王朝の北に広がるユーラシア草原地帯の青銅器・金属器にも関心を広げ、殷周青銅器の鋳造技術との比較研究を進めています。ここまで長々と書いてしまいましたが、殷周青銅器研究を通じて知りたいのは、中国的世界はどのようにして形成されたのか、そして中国とは何かということです。大きすぎる課題かとは思いますが、今後も殷周時代研究、青銅器研究を柱に、その解明に取り組んでいきたいと思っています。
この数年は、遼代(916~1125年)を中心に、中国・草原地帯の両方を視野に入れながら、当該期の金属器研究も進めています。遼は、モンゴル高原東南端に居住したモンゴル系の遊牧民・契丹が建てた王朝です。契丹は、歴史上初めて中国・草原地帯の両方の文化を融合して長期的な政権をうち立てたとされますが、その実態を、やはり金属器やその技術的側面から研究しています。また、東アジアにおける金属生産技術研究の一環として、日本古代の鋳造遺跡の発掘調査と研究にも取り組んでいます。これまでずっと海外考古学を専門としてきたからこそ、日本の発掘調査法や、東アジア的な研究視点で日本の現場を発掘できることがとても新鮮です。また、全く新しいフィールドと課題を前に、勉強と発見の毎日を過ごせることに幸せを感じながら研究を進めています。研究対象を少しずつ広げながら、いずれにしても、私たち日本を含む東アジア世界がどのように形成されたのかということを、人々の生活、ひいては歴代の国家にとって必要不可欠である金属とその生産技術という面から明らかにしていきたいと思っています。
個人的なことも少し書きますと、出身は静岡県浜松市です。これまで北海道大学文学部(東洋史)を卒業、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程(考古学、途中三年間は北京大学へ留学)を修了後、東京大学東洋文化研究所にて学振PD、その後は学習院大学東洋文化研究所、東京大学(文学部附属北海文化研究常呂実習施設/アジア研究図書館)、山口大学人文学部にて研究・教育に携わってまいりました。北海道で中国の研究を始めましたが、思いがけず徐々に南下して、この度、東アジアへの最前線・九州の地にご縁をいただきました。それぞれの土地に暮らしてみて、土地ごとのアジアとの繋がりを体感してきましたが、今はここ福岡にてまた新たな感覚を養い、次なる研究・教育へと展開していくであろうことを楽しみに日々を過ごしています。
東アジア考古学研究において国内有数の歴史と伝統をもつ本学にて研究・教育に携わらせていただけますことを、大変嬉しく思っております。今後ご指導ご鞭撻を賜れますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
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