2025年4月に着任いたしました松本洋幸と申します。基幹教育院に在籍しながら、地球社会統合科学府でもお世話になることになりました。専門は日本近現代史です。
自慢ではありませんが、私は1994年に比較社会文化研究科に入学した比文1期生です。当時は六本松キャンパスのプレハブで、約5年間、濃密な時間を過ごしました。文学部で過ごした4年間と異なり、他の歴史学分野はもとより、政治学・法律学・社会学・国際関係論の友人たちから、異分野の研究状況を耳学問で勉強し、大変刺激の多い時間でした。それまで古文書と格闘する毎日だった私にとって、(遅ればせながら)新しい歴史学やカルチュラルスタディーズなどに触れる機会を得たことは、またとない経験でした。また学生紀要『比較社会文化研究』の編集・刊行に当ったことも良い思い出です。最近、当時の友人たちと偶然再会する機会が増えてきて、比文の裾野の広さを改めて実感しているところです。
1999年に単位取得の上、比文を退学し、横浜開港資料館と横浜市史資料室という施設に15年間勤務しました。ここでは、横浜の近現代史に関する歴史資料を国内外から集め、それらを一般の方が閲覧できるように整理・公開し、その成果を展示・出版・講座などで発表していくという仕事に携わりました。様々な伝手や情報を頼りに、自分の足で、誰も注目しなかった資料にめぐりあい、そこから自分なりのストーリーを紡ぎ出す、そんな仕事の魅力の虜になりました。
大学院生時代は、近代日本のジャーナリストの巨人・徳富蘇峰が故郷の熊本から上京する汽車の中で、自著『新日本の青年』を読んでいた青年を見かけて意を強くしたというエピソードに憧れていましたが、「展示」という手法を通して自分の作品を見る誰かを身近に感じられる、なんて幸せな職場だと思ったこともありました。こう書くと、比文での学際的経験が果して役に立ったのか?と疑問を抱かれると思いますが、資料の見方や発想の仕方などで、無意識のうちに比文の経験に助けられていると自認しています。
横浜で多くの資料にめぐりあう中で、近代水道が地域社会に果たした役割を考えるようになりました。近代水道の基本的機能は伝染病予防と火災防止ですが、それだけではなく、地域社会にとっては経済効果を生み出し、生活の合理化・効率化をもたらし、さらにはコミュニティの紐帯となり、また空間編成の道具ともなる、極めて多機能的なインフラである、との確信を強くするようになりました。ただし水道史に関する通史は、各自治体の「水道史」とそれらを集めた『日本水道史』(1967年)位しかないのが現状でした。そこで、全国の水道史とその関連資料を収集して、国と地方の相互関係や、都市間のネットワークなどを読み解いて、より立体的・俯瞰的な水道史を描くことを目指し、2020年にようやく『近代水道の政治史』という本を上梓することができました。
こうした私の拙い研究活動に注目してくれる人から講演の依頼がありますが、最近は「水道は都市(地域)のアイデンティティー」というスローガンを使います。普段何気なく使っている水道が、如何に地域社会の形成過程と密接に関わっているのかを示すためです。また現在各地に残る水道関連の構造物なども、近代水道が地域社会にとってシンボリックな存在だったのかを示してくれます。写真は、東京の渋谷町(現在は渋谷区)が1924年に建設した配水塔です。直径15m、高さが30mで、頭頂部に王冠を配した立派な配水塔が2基、世田谷区の住宅街の中に屹立しています。現在は非常用水源としてのみ活用されていますが、「双子の給水塔」として地元のNPO団体が熱心に保存・普及活動に取り組んでいます。同様な施設は、まだ全国各地に残っています。
明治以来、日本の水道事業の大半は市町村が建設・経営してきましたが、21世紀に入り少子高齢化、地方財政悪化、インフラ老朽化などで、大きな岐路に立っていると言われています。地球社会統合科学府で、異分野の皆様の研究蓄積に学ばせて頂きながら、もう一度近代水道の役割を考えていきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。
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