学府について

タイを愛し、タイに生きる
吉嶺加奈子 言語・メディア・コミュニケーションコース
比較社会文化研究院文化空間部門

 2025年7月に着任しました吉嶺加奈子と申します。福岡県出身で、本学府博士後期課程を修了しました。専門は日本語教育、教育工学、地域研究(タイ)です。

 私は学部・修士修了後、一般企業に就職しました。30歳を目前にリーマンショックで失業し、「これからは自分のしたいことをして生きよう」と考えた結果、タイの大学で日本語教師をすることにしました。数年タイで働いたのち、「この仕事を続けるには博士号が必要だ」と気づき、博士後期課程に進学しました。博士号取得後は、約1年ポスドクをしてから関東の大学や政府機関で働きました。そしてこの度ご縁があり、九州大学に戻ってきました。

 このように私の人生はつぎはぎだらけで、学部から研究者を志して学問に打ち込んできたわけではありません。周りの研究仲間と比べて、自分の研究者としての基礎能力が低いことに落ち込むこともあります。しかし、唯一拮抗できることがあります。それは、研究対象である「タイ」への愛です。

 会社員時代に友達と旅行したタイでムエタイに魅せられて以来、毎年のようにタイを訪問し、どんどんタイにハマっていきました。タイは世界で5番目に日本語学習者が多く(国際交流基金『2024年度海外日本語教育機関調査』結果)、また昔から日本語教育が盛んな国でもあります。日本語に関する修士号を取得していた私にとって、タイで働くために一番手っ取り早い職業が「日本語教師」でした。そんな不純な動機で始めた日本語教師でしたが、実際に働いてみると大変さの中にも面白みがある仕事でした。ただ、すぐに直面したのが「外国人講師の不安定な待遇」でした。私が勤務していた大学は国立大学ということもあって、次年度の契約更新には学歴と研究業績が関係していました。私も自然と研究志向になるとともに、(これは博士号がないと、この先、厳しいぞ…?)と痛感しました。

 タイから本帰国してすぐに博士後期課程に進学しました。研究テーマはもちろん「タイの日本語教育」で、バンコクのみならずタイ全域の大学日本語専攻課程(約20校)に調査を行いました。行く先々で私が九州大学の大学院生だと名乗ると、タイ人の先生から決まって言われる一言がありました。

「…ということは、比文の学生さんですか?」

 かつて九州大学でタイ研究が盛んに行われていた時代があります。その中心的存在が、地球社会統合科学府の前身である比較社会文化研究科/学府(比文)だったのです。私は毎回「2014年度から名前が変わったんです」とムニャムニャ答えるのですが、タイでタイ人にそう言われる度にタイとの深い縁を感じるとともに、(今の所属名は比文じゃないけど、比文の先人達に恥じない研究をしよう!)と強く思いました。

 当時、私はタイの大学日本語専攻課程での調査結果を基に日本文化に関するeラーニングを開発し、それを使用した授業で確認された学習効果を論文にまとめる…という、タイの方々の協力なしでは成し遂げられない研究をしていました。そのため、博士号を取得できた暁には必ずタイの教育のために研究成果を還元しようと考えていました。最終的に博士号を授与していただき、また研究での成果物を「タイ高等教育科学研究イノベーション省に日本文化学習のためのオンラインコースを提供(※日本からの提供は初)」という形で結実できたのは本当に嬉しかったです。長年にわたる「タイ愛」が報われた瞬間でもありました。そしてこんな私を温かく見守ってくださった九大の先生方・同級生の皆様方には、いくら感謝しても足りないくらいです。

 技術革新の影響で急速に発展し、特に教育DXにおいては既に日本を凌駕している感のある現在のタイ。タイ料理、コスメ、BLドラマ、そして旅先で出会う人々の温かさによって、タイは今や非常に親しみのある国となりました。しかし私が大学院生だった頃は、「なんでタイなの?」と聞かれることが多く、研究対象がタイであることに説明が必要でした。これを当たり前のことにしていく、つまりタイを対象とした研究が活発に行われるように東南アジアとの学生交流や学術連携を促していくのが、今の私の使命だと考えています。

「タイ研究=九大比文」の構図は今なお根強いようで、あるタイ研究者から「九大にタイ研究の火が再び灯った」というお言葉をかけていただいたのが、プレッシャーでもありエールでもあります。私が灯すのは小さな火ですが、この火が消えないように、永く続いていくように、教育に研究に邁進していきたいと思っています。そして私以上にタイを愛する人と切磋琢磨できることを願っています。

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