小学生の頃、「通学路破り」というパワーワードが存在した。郷里柳川は水郷として知られ、到る処に掘割がある。当時は護岸のない箇所も残っていた。また、急増しだした車に対して歩道の整備が遅れていた時期でもあった。校区の端に位置した家から学校までのおよそ1キロ半の通学路は、護岸のある掘割沿いの小道と歩道のある県道を行くよう設定されており、確かに安全安心な経路であったかと思う。
ところがこの通学路、街路樹にセミやカミキリムシを採れる程度で、子どもの目には面白みに欠けていた。ひとたび通学路を外れれば、春はキャベツ畑にモンシロチョウの幼虫を採り、夏は田んぼとその用水路でカメ、カエル、オタマジャクシ、ドジョウ、メダカ、カブトエビ、ゲンゴロウ、ヤゴ等々様々な生きものを探し捕まえることができた。スクミリンゴガイの卵塊を損壊してまわり、米の増産に貢献もした。冬の水落とし(10日ほど掘割の水を抜いて清掃する)期間には、川底に下りて魚や貝を捕ったりもした。この寄り道は、往々にしてクラスの女子に目撃されており、翌日の朝の会で「通学路破り」を糾弾されるのであったが、それも含めて大切な想い出となっている。
少年期に養われた寄り道の癖は、その後多方面に発現する。文学部入学後、進路に迷い外交官を目指して予備校に専念するなど、学部を6年間かけて卒業したこと、熊本の県立高校に就職したものの退職して大学院修士課程に出戻り研究者を目指したこと、このあたりもその一端かと思われる。文学研究者のキャリアとしては3~4年の空白期間を来したようでいて、その実、鹿児島大学教育学部(国語科)で教員養成の職務にあたった際や白居易の行政文書の類を研究する際に寄り道の経験が活きているのを感じた。
地球社会統合科学府ホームページの教員一覧では、私の研究内容を次のように紹介している。
唐代類書を始めとした類書の編纂や利用の様態、伝存過程に於けるテキスト改変について研究している。また、中国類書の創作への利用という視点を中心に日本漢詩文についても研究をおこなっている。このほか、大学や公共図書館に所蔵される漢籍について書誌調査をおこなっている。
このうち、第2文、第3文の内容も寄り道をきっかけとしている。
鹿児島大学教育学部在職時に、地元出身者が大半を占める受講生が興味を持ちやすいよう、鹿児島ゆかりの中近世過渡期の禅僧の漢詩文を教材とした。読み進めるうち、自身が研究対象とする類書(百科事典の類)を活用して創作している実態が垣間見えた。漢詩からは日本史研究の新資料となり得る内容も読み取れた。上掲の第2文では、初めから類書の創作への利用を解明する意図を持って日本漢詩文の研究に取り組んでいるように見えているが、実際には寄り道していて偶然見出した研究テーマである。第3文の漢籍の書誌調査にしても、図書館での用務の際、寄り道程度に繙読した漢籍について発見があり、本格的な調査に至ったものである。
去る8月8日(金)に開催された第23回地球社会統合科学セミナーに於いて、2025年度着任教員歓迎イベントの一環として口頭発表の機会をいただき、「ワラジムシ」と題して30分ほどの報告をおこなった。せっかくの機会であるので、何か新しいネタを披露しようと、中国類書にダンゴムシの記述を探したのであるが、一般的に思い浮かべるオカダンゴムシが、日中両国に於いて近代以降の外来種であることを初めて知って計画は頓挫した。発表自体は、調査対象を近縁のワラジムシの記述に代えることで無事に終えられた。
この際、博物趣味の盛行した江戸期に於いてさえ、ダンゴムシの記述は皆無であるとの解説を目にしたが、管見の限り、国立国会図書館伊藤文庫(伊藤圭介旧蔵)所蔵の栗本丹洲『千虫譜』下[巻](文化八年〔1811〕序、天保五年〔1834〕まで増補の写本)24丁裏に「マメザコ」と題して図と説明が載るのを見出した。江戸期の記述として注目される。更に、説明中には「筑後柳川産」と明記されているではないか。ネイティブとしてこれは見過ごせない。本格的には、『千虫譜』のテキスト(書誌学)、図による種の同定(昆虫学)、柳川方言(国語学)、江戸期柳川の地理(日本史学、地理学)等、各方面にわたる学際的研究が必要となりそうである。
研究上、急ぎ成果をあげるべき切迫感を感じさせられる昨今、敢えて寄り道の効能にも目を向けたいなどと嘯く次第である。
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