学府について

文学の「際」を歩く
松枝 佳奈 言語・メディア・コミュニケーションコース
文化空間部門・文化表象講座 比較社会文化研究院

2021年4月に比較社会文化研究院に着任しました松枝佳奈です。福岡市東区香椎に生まれ、親族全員が福岡や九州北部の出身・在住です。その後、大阪や神戸で育ち、東京で学位を取得しましたが、小学生の頃に二年間福岡市に住んでいました。今回、このように縁の深い父祖の地で、皆さまと学問に励むことができますことをとてもうれしく思います。

 私の専門は、日本近現代文学と比較文学です。学部時代は、ロシア語を専攻し、ロシア文学・文化を学びました。もともとは外交官を目指し、ロシアの政治や外交のエキスパートになろうと志していたのですが、その一方でロシアの文学と文化の奥深さにつよく心惹かれました。政治学や国際関係論を学ぶことをあきらめられないまま、ロシア文学・文化に親しんでいた学部4年生の夏に比較文学という学問の存在を知り、大きな感銘を受けました。ある文学作品や文学者が他の国や地域でどのように受容され、いかなる変容を遂げたのかという、いわば文学の「国際関係」を明らかにすることは、とても魅力的だと思われたのです。くわえてテーマやジャンルを越境する文学・芸術・文化の現象を捉えるというこの学問は、豊かな可能性に満ちていると確信しました。専門とするロシアやソ連の文学・文化と、日本や欧米諸国の文学・文化との関係について比較文学の立場から研究を行いたいと思い、大学院修士課程、博士課程に進学しました。 

現在まで、文学者の対外認識や文学作品における外国表象、文学とマスメディア、ジャーナリズムとの関係、文学と社会の関係を研究しています。特に明治・大正期の日本と、19世紀末から20世紀初頭の帝政ロシアおよびソヴィエト連邦を研究の対象としてきました。博士論文と近著で扱った研究テーマは、明治期の文学者として知られる二葉亭四迷や、その友人である評論家の内田魯庵とジャーナリストの大庭柯公によるロシア事情の研究や、ロシア・ソ連関係の評論・随筆の分析、彼らのロシア・ソ連認識の考察です。現在は対象を拡げて、明治・大正期の他の文学者や昭和以降の文学者も射程に入れています。

以上のようなテーマは、小説や詩、戯曲など狭い意味での文学作品のみを分析するのみでは解明できないことでした。文学者が執筆した政治や社会、文化、文明一般に関する評論もやはり「文学」としてひとしく取り扱い、分析することが求められます。まずそのような広義の「文学」にあたる文章を幅広く研究対象のテクストとして、一字一句丁寧に解読することが重要です。つぎにそのテクストを取り巻くコンテクスト、背景を明らかにする作業が必要となることが分かりました。おのずから文学的資料や公文書などの歴史的な資料の調査が求められたほか、思想・言論弾圧にかかわる法制史や、社会主義思想などの政治思想の知見も深めました。そしてロシア語の一次資料や文献を渉猟し、新たな資料を発掘し、特に二葉亭や大庭の行動を実証するという作業に大いに取り組みました。このようなさまざまな分野のテクストとコンテクストの往還が、私の研究の根幹にあります。

 文学研究をより多くの人々に開かれたものとするためには、「越境」や「学際」という研究態度も必要であると考えています。つまり文学作品のなかに閉じこもるのではなく、文学の「際」を歩くことや、時として「際」を飛び越えることも大切だということです。それは、私が専門とする比較文学にとって重要な精神であると同時に、あらゆる研究分野で一層求められる考え方となるのではないでしょうか。あるテクストをじっくりと解読すると同時に、歴史や思想、文化などのコンテクストにも幅広く目を向けて、エリアとジャンルの「越境」をテーマとする研究を志す方を大いに歓迎します。

プロフィール

担当科目:文芸・リテラシー論、Literature and Literacy D I ~VIII など