学府について

ヒマラヤをフィールドワークする
古川 不可知 社会多様性共存コース 地球社会統合科学府
文化空間部門 文化動態講座 比較社会文化研究院

2020年5月より比較社会文化研究院に着任いたしました、古川不可知と申します。北海道に生まれ(本当に生まれただけですが)、関東で育ち、関西で学位を取ったのちにとうとう九州までたどり着きました。昔から遠くの場所に憧れを抱くタイプでしたので、福岡というまったく新しい土地でみなさまと一緒に学問できること、たいへん楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

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そうした遠くへの憧れもあってか、私は大学のころからずっと文化人類学を学んできました。学部時代には山形県の羽黒山で修験道を対象としたフィールドワークをおこない、数年間の会社勤めを経て大学院に戻ってからは、ネパール・ヒマラヤの山岳地帯で研究を続けています。

主要な調査地はエベレストのすぐ南側に当たる、ネパール東部のソルクンブ郡クンブ地方というところです。この地域に暮らすシェルパと呼ばれる人々のあいだで、現在まで通算すると二年以上の住み込み調査をおこなってきました。

ヒマラヤの山々を目前に眺めるクンブ地方は、登山やトレッキングの名所として知られ、標高3,000メートルを超える高山地帯ながら、現在では毎年何万人もの観光客が訪れるようになりました。シェルパとは、元来はいわゆる民族の名前なのですが、現在は登山ガイドなどを指す職業名としても用いられており、シェルパ族の人々はもちろん、シェルパ族ではない人たちも「シェルパ」としてこの地域で働いています。

私はこれまで、山と人の関わりや山岳観光が及ぼす影響などを大きなテーマに、さまざまな人々と一緒に山道を歩きながら研究をおこなってきました。そして、観光による村落社会の変化や、ガイドやポーターたちの職業実践、現地の人々と観光客の環境認識の違い、山間部におけるインフラ整備のポリティクス、移動する身体と物質的な環境の相互作用、あるいは「道がある」とはいかなることかといったトピックについて報告してきました。また新しい人類学理論の動向にも関心を寄せており、近年の「存在」をめぐる理論の批判的検討や翻訳紹介などもおこなっています。

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私にとっての文化人類学は、カルチャーショックを言語化する学問です。「異文化」の人々の暮らしに驚き、その暮らしを現地で自ら実践し、そして自分が当たり前だと思っていたことは決して当たり前ではなかったのだと自省する。そのような行ったり来たりの動きに自らを置くことが基本的な態度であり、人類学の醍醐味でもあると考えています。

ひとつだけ例をあげるならば、山の中でシェルパの人々が「道」と呼んで移動してゆく空間は、私にとってはしばしば崖や凍り付いた滝でしかありませんでした。その一方で私がまっすぐに登ってゆく斜面も、重い荷物を担いだポーターの人たちにはジグザグの道として現れるのです。すると「道」とは、常に同じものとしてそこにあるわけではなく、移動する身体との関係によってあったりなかったり形が違ったりするものだと言えるでしょう。

そうした新しい気づきを持って再び日本を眺めると、たとえば私にとっては当たり前の道であった駅の階段も、車椅子やお年寄りの身体にとっては道ではないのだというように、それまで当然のようにそこにあったものが次第に当たり前とは感じられなくなってくるわけです。

このように、他者の生きる世界を想像しながら自らの常識を絶えず問い直し続ける人類学的な視点は、いわゆるグローバル化や社会の多様化が進む現在、ますます重要となってゆくことでしょう。

文化人類学はフィールドワークと理論の両輪によって成り立つ学問です。そしておそらく地球社会統合科学府のなかでも、良く言えばもっとも自由な、悪く言えばもっとも曖昧な学問だろうと思います。ですので、自分の足と直感を信じて新しい道を切り開きたい方、現地調査と思索の両方を精力的に推し進めたい方を特に歓迎します。山登りのように険しい道行きかもしれませんが、たゆまず歩み続ければやがて素晴らしい眺望が開けることをお約束いたします。

 

担当科目:文化人類学I~VIII