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日本応用動物昆虫学会奨励賞を受けて
藤井智久 農研機構 植物防疫研究部門

 この度、第23回日本応用動物昆虫学会奨励賞を受賞した藤井です。私は比較社会文化学府の博士後期課程を2015年に修了した後、農研機構でポスドク、任期付研究員を経て、2020年にパーマネント研究員になりました。今回の受賞は、大学院時代に取り組んだ大豆害虫のダイズサヤタマバエを始めとしたハリオタマバエ族の生理生態学と、農研機構で取り組んだ水稲害虫のトビイロウンカの薬剤抵抗性および抵抗性品種に対する加害性の研究が評価されたものです。 

 

 比文在籍時には、湯川名誉教授と昆虫学教室の卒論生と一緒に、冬と夏に寄主交代するハリオタマバエ族の発育ゼロ点と発育遅延を調べました。さらに、2013年に北海道と秋田県で多発生したダイズサヤタマバエが北日本地域で越冬できるかどうかを確かめるため、飼育実験から得られたダイズサヤタマバエとキヅタミタマバエの発育ゼロ点と有効積算温度、両種のミトコンドリアDNA COI領域を解析しました。ダイズサヤタマバエの発育ゼロ点はキヅタミタマバエよりも高く、北日本地域では越冬できないこと、COI解析から両種が同種ではないことがわかりました。では、北日本地域で発生したダイズサヤタマバエはどこから来たのでしょうか?ダイズサタマバエは、多化性でかつ、移動分散能力が高い種です。本研究の結果から、ダイズサヤタマバエが関東地域から北日本地域へ気流に乗って長距離分散したと考えています。

 

 農研機構へ所属後に、水稲害虫トビイロウンカの研究に従事しました。2005年からトビイロウンカのネオニコチノイド系殺虫剤イミダクロプリドに対する抵抗性発達がウンカ防除の問題となりました。トビイロウンカの防除は箱施用剤処理と本田での薬剤散布が主な対策となります。抵抗性発達は防除に有効な薬剤の種類が減ることになり、ウンカの被害を抑えることが難しくなります。そこで、農研機構では2005年から現在に至るまで、毎年、日本に飛来するトビイロウンカの飛来個体群を採集し、薬剤感受性モニタリングを継続しています。2005年からこれまでの日本飛来個体群および東アジア地域のトビイロウンカ個体群のネオニコチノイド系殺虫剤5剤の半数致死薬量(LD50値)のデータから、イミダクロプリドの他に、チアメトキサム、クロチアニジンも徐々に感受性を低下させていること、ジノテフランとニテンピラムは、前述の2剤に比べて感受性低下があまり起こっていないことが分かっていました。着任後、私はまず、人為淘汰によって作出したイミダクロプリド抵抗性系統を使用した室内実験より、トビイロウンカがイミダクロプリド抵抗性を発達させると、チアメトキサムとクロチアジンに対する強い交差抵抗性が見られるが、ジノテフランとニテンピラムに対する交差抵抗性は弱いことを実験的に明らかにしました。これは野外での現象を実験的に解明した重要な成果となりました。

 

 作物には病害虫に対する抗生作用という「抵抗性」を持つことが知られてます。イネの野生種と地域品種の一部にも、トビイロウンカ抵抗性遺伝子をもつ系統が発見されたことを契機に、アジア各国の研究機関で様々な抵抗性品種が育成されてきました。しかし、トビイロウンカは抵抗性品種に対する加害性を獲得することで、抵抗性品種の抵抗性崩壊現象を起こします。そこで、農研機構では、九大農学研究院の安井先生と組み、長年、トビイロウンカ抵抗性判別品種に対する加害性モニタリングと、トビイロウンカ抵抗性の遺伝解析などに取り組んできました。そこで、私のもう一つの研究課題として、日本飛来個体群の品種加害性モニタリングと、2001-2019年までの加害性データの解析を行いました。長期データから、トビイロウンカは、90年代にMudgo (BPH1)とASD7(BPH2)に対する加害性を獲得して以来、現在も感受性品種と同様に加害性を維持していること、Babawee (BPH4)に対する加害性には年次変動があるものの抵抗性崩壊は起きていないこと、Rathu Heenati (BPH3, BPH17)とBalamawee (BPH27, Three QTLs)に対する加害性を獲得できていないことがわかりました。着任以前の研究では、ADR52(BPH25, BPH26)に対してもトビイロウンカは加害性を獲得していないことが明らかにされてます。これらの研究から、トビイロウンカは抵抗性遺伝子を複数もつ品種に対する加害性を獲得できず、このようなイネ品種ではウンカ抵抗性が安定していることがわかりました。

 

 各学会奨励賞を受賞した若手研究者の皆さんの多くは、院生からポスドク、パーマネントに至るまで、一貫した題材を取り扱うことで研究業績を挙げていると思います。私の場合は、大学院生時のテーマ(Cross Over vol.36参照)から、農研機構では大きくテーマを変えました。現在、若手研究者には任期付職が多く、なかなか1つの研究を継続することが困難です。私のように、テーマが異なる場合でも学会から評価されたことは、これからの若手研究者にとって、研究テーマを変えながらでもキャリアを築けていけるという励みになると考えてます。最後に、私が比較社会文化学府国際社会文化専攻の院生として在籍時に、ハリオタマバエ族の発育ゼロ点の研究に携わる機会をくださった湯川淳一名誉教授、そして、研究に従事することを快諾していただいた阿部芳久教授に感謝申し上げます。トビイロウンカの抵抗性品種に対する加害性に関する研究では、抵抗性品種の種子を提供していただき、多くのご助言をいただいた農学研究院 安井秀教授に改めて感謝申し上げます。そして、農研機構での研究を支えてくださった植物防疫研究部門の研究者の皆さまにも改めてお礼申し上げます。