学府について

言語研究の魅力に惹かれて
劉驫 言語・メディア・コミュニケーションコース 言語文化研究院

私たちは日常的に言語的情報と非言語的情報を利用して互いの意思や感情を伝達し合っています。人間にとって言語は最も重要なコミュニケーションの手段であり、思考の手段でもあります。言語を研究することは、人間そのものを理解するということになります。

言語の数については定説がないものの、3000以上、ないし5000以上とも言われています。数千もの言語の中で、私たちは自分の母語と運命的な出会いを果たします。故郷の天津市に天津飯も天津甘栗もないのと同じように、中国には「中国語」という表現は存在しません。長い歴史と広い土地を持つ中国は単一民族だけで構成されているわけではありません。周知のように、中国大陸には人口の9割以上を占める漢民族を含む56の民族が暮らしています。漢民族が主に使用している言語は「漢語」と呼ばれるものです。中国の標準語としての漢語は、「普通話」と呼ばれ、主に学校や仕事で用いられるフォーマルな言語です。これに対して、日常生活におけるインフォーマルな場面で多用されているのは各地の方言です。

筆者は普通話だけでなく、天津方言も話せます。天津方言と普通話の発音の違いは、主に子音、母音と声調に見られます。たとえば、天津方言ではzh、ch、shをz、c、sで発音する場合がある一方(「山(shan)」「长(chang)」は「san」「cang」に変わります)、そのまま発音する場合もあります(「吃(chi)」「十(shi)」は「ci」「si」になりません)。また、i(y)とrの混同も顕著に見られ、「用(yong)」や「肉(rou)」などは、しばしばrong、youと発音されます。さらに、普通話では第一声は高く平らに発音されますが、天津方言では低く平らに発音されます。

ただ、普通話と天津方言の違いはそれほど顕著なものではなく、互いに通じ合うのです。しかし、筆者自身の経験ですが、大学に入学した頃にはじめて出身が天津市以外の学生に出会いました。その多くは南京市、蘇州市、南通市、無錫市など江蘇省から来た学生です。その学生たちは、ふだんは普通話を使っていますが、互いに話をするとき、または遠方の家族に電話するときに各地域方言を使用していました。その言葉を聞いても全く理解できませんでした。彼らの多くは、家族や親戚、友達と方言で話しますが、小学校から普通話を勉強し始めますので、2つの言語を自然のうちに習得しているバイリンガルです。モノリンガルの自分にとって実に羨ましいです。

中国の大学では日本語を勉強し、日本の大学院では主に言語学を研究していました。大学院に在籍していた頃、中国語CALL教材の開発に携わったことや、授業で実際に発音や文法に関する指導を行ったことを通して、母語を客観視できる貴重な機会に恵まれました。しかし、母語を説明することは決して簡単ではありません。学習者に「このように言う」を教えることは簡単かもしれませんが、「なぜこのように言うのか」を教えるのは意外と難しいです。そこで、事象の隅々まで言語化する中国語の魅力に改めて心を惹かれ、中国語の研究者および教育者になることを決意しました。

京都大学外国人共同研究者、神奈川大学外国人特任助教を経て、2016年4月に九州大学大学院言語文化研究院に着任しました。以来、主に基幹教育言語文化基礎科目としての中国語授業を担当しています。2019年10月より、地球社会統合科学府の言語学の授業を兼担することになりました。

学問の道のりに近道なんてありません。時間をかけて弛まぬ努力を続け、一歩一歩堅実に歩むことが大切です。したがって、こちらの研究室に適していると思われる方は、次の点を満たす必要があること、あらかじめご了承ください。

①学位ではなく、学問に対して真摯な態度と知的好奇心をお持ちの方

②自分の研究テーマではなく、幅広い言語学の素養を身につけたい方

③日本語や英語で書かれた専門的な学術図書・論文を読むことが好きな方

④言語現象の記述だけでなく、その背後にあるメカニズムを理論的に解明しようとする方

⑤研究者になるために研究をするのではなく、研究をするために研究者になろうとしている方

これらの項目にあてはまる方と言語研究の魅力を共有できる機会を楽しみにしています。

 

プロフィール

担当科目:言語コミュニケーション学 D(言語機能論)、総合演習(言語・メディア・コミュニケーションコース)A、外国語(英語・日本語)ライティング