研究内容 Ⅰ
マルチビーム測深技術を用いた沿岸浅海域の研究
沿岸浅海域は人の居住域に近いにもかかわらず科学的知見が驚くほど少ない現状です。私の研究室では,最先端のマルチビーム測深技術を用いて浅海域の精密地形図を作成し,未知の海底地形を可視化しています。
マルチビーム測深は,扇形に広がるビームで海底地形を広く三次元的に測る装置です。私の研究室では,H22~24年度科研費(基盤研究A)にてワイドバンドマルチビーム測深機R2Sonic 2022を導入し,水深1~400 mの海底地形を1~2 mグリッドの高精度で可視化することに成功しました。これまでに,琉球列島の久米島・石垣島・喜界島・沖縄島などで測深を実施し,世界的にも先駆的な浅海域の高精度地形情報を得ています。
一連の研究の中で,我々は琉球列島石垣島名蔵湾にて大規模な沈水カルスト地形を発見しました。そして,赤土汚染の激しい海域と認識されていた同湾が,実際は生物量の豊かな海域であり,大規模なサンゴ群集が成立していることも発見しました。人口約4万9千人の石垣島沿岸域でこのような未知の地形と大規模な生物群集が発見されたことは,人里に近い沿岸域であっても未だ科学的知見がきわめて少ないことを示しています。人口やインフラが集中する沿岸域は防災上重要な地域であるとともに,人による海域利用も盛んな地域です。直接の開発や陸域開発の影響が及びやすい海域でもあります。科学的探査や研究が急務であると考えています。
本内容については次の論文を引用して下さい。
Kan, H., Urata, K., Nagao, M., Hori, N., Fujita, K., Yokoyama, Y., Nakashima, Y., Ohashi, T., Goto, K., Suzuki, A. (2015) Submerged karst landforms observed by multibeam bathymetric survey in Nagura Bay, Ishigaki Island, southwestern Japan. Geomorphology, 229, 112-124.
現在,私の研究室ではマルチビーム測深を行って,次のような研究を展開しています。
1.沿岸域の学際研究
私の研究室では,全国様々な大学・研究所に所属する多様な分野の研究者の方々とフィールドワークを共にし,共同研究を行っています。共同研究者の専門分野は地形学をはじめとして,地質学・生物学・沿岸環境・防災・文化地理学・人類考古学など,自然科学から人文・社会科学に至るまで多岐にわたります。皆さん一流の研究者ですし,和気あいあいとした良いグループです。我々が対象とする海域はこれまで正確な地図がなかった場所ですから,マルチビーム測深で作成したオリジナルの三次元海底地形図上に学際的フィールド研究の成果を載せることによって,新たな発見も出てきています。なにより,多くの分野の研究者が協力することによって,沿岸域の総合的環境理解につながると考えています。
2.「浅海底地形学」の開拓
水深約130m以浅の海域は,氷期と間氷期の海水準変動に伴って干出と水没を繰り返す地域です。このためこれらの海域の地形は,侵食作用と堆積作用を交互に受けながらつくられています。しかしながら,現在の地形学では浅海域の地形の詳しい成り立ちに関する議論はきわめて少ない状況です。地形学の教科書・専門書で詳しく記述されているのは「海岸地形」までであり,海面下は大地形としての「大陸棚・大陸斜面の地形」が僅かなページで触れられるのみです。我々の研究は,将来的には「海岸地形」と「大陸棚の大地形」の間に新しい一章「浅海底地形」を創り出す端緒となればと期待しています。
3.サンゴ礁礁斜面の地形学
サンゴ礁の礁縁から外洋側にかけての礁斜面の地形は,その深さゆえ上空から眺めることができず,SCUBAダイビングでも全体の広がりを見渡すことができません。サンゴ礁の外洋側には,縁脚縁溝系のような,従来の測深による二次元の断面図では表現できない複雑な三次元地形が多くみられます。サンゴ礁の専門家でさえ,どこにどのような地形が広がっているか理解していないところです。我々はマルチビーム測深機を用いて可視化したサンゴ礁礁斜面のデジタル三次元地形図を基に,地形の特徴やその成り立ちを研究しています。まさに,海底にどのような地形が存在するかについての新たな知見を得つつあるのです。