研究内容 Ⅱ

サンゴ礁の地形発達に関する研究

サンゴ礁は造礁サンゴなど炭酸カルシウムの骨格を持った造礁生物が,少なくとも数千年間積み重なってつくりだす地形です。低潮位付近まで発達した地形は,海岸沖で波を砕く構造(消波構造)をつくります。

典型的なサンゴ礁では,図Ⅱ-1のような地形の分帯構造をつくります。砕波がみられる礁縁部は縁脚縁溝帯とよばれ、鋸歯状に配列した縁脚と縁溝がサンゴ礁地形特有の消波構造をつくります。ここでは波浪に強い皮殻状サンゴや卓状サンゴが活発に生育しています。礁縁から陸側には平坦な礁原がみられます。礁原の水深は大潮の平均低潮位程度で,このうち干潮時に干出する礁嶺では現生サンゴはほとんど見られません。礁嶺背後の礁舗は,主にサンゴ礫の堆積や枝サンゴの生育によってできた部分です。礁原より陸側では波浪の影響をほとんど受けない浅礁湖が広がります。穏やかな浅礁湖ではハマサンゴなど塊状サンゴの大群体や枝サンゴなどが多くみられます。

サンゴ礁をつくる岩石・砂

サンゴ礁を構成する岩石は,造礁サンゴや石灰質を分泌・沈着する石灰藻(サンゴモ)など,多様な生物骨格で構成されています(図Ⅱ-2)。ボーリングによって採取したコアから,過去にどのような生物がどのように積み重なってサンゴ礁をつくってきたかを知ることができ,過去の環境を復元するための情報を得ることができます。また,炭酸カルシウムより成る生物の骨格は,放射性炭素などを用いた年代測定が可能で,生息していた年代を知ることができます。

© HIRONOBU KAN
図Ⅱ-1 サンゴ礁の地形分帯(石垣島南東部の裾礁型サンゴ礁)
© HIRONOBU KAN
図Ⅱ-2 サンゴ礁のボーリングコアとその構成物

サンゴ礁の発達史

ボーリングなどによって明らかになったサンゴ礁の形成過程について,琉球列島の裾礁の発達をモデルとして模式的にあらわしたのが図Ⅱ-3です。

  • 約8000年前: 海面の上昇に伴って,サンゴ礁が発達する前の地形 (基盤) が水没したところを描いています。基盤が水没する時期は基盤高度と海水準変動との関係で決まってきますので,より深い基盤はより早く水没します。基盤の水没とともに造礁サンゴが生育を始めます。
  • 約6500年前: サンゴ礁が沖側で高まりを形成しはじめます。ただし,まだ十分に波を砕く構造ができていないため,海岸に強い波浪が押し寄せ,海岸を侵食し海食崖や波食棚をつくります。潮通しの良い礁湖では枝サンゴが活発に生育する時期です。
  • 約5500年前: 沖側の高まりが海面付近に到達し,サンゴ礁の縁がつくられます。これを境に,サンゴ礁の環境は波あたりの強い礁縁と,穏やかな礁湖に二分されます。
  •  約4500年前: 礁縁の礁湖側が,枝サンゴの生育やサンゴ礫の堆積によって埋積され,礁原が広がります。
  • 約3500年前: 礁縁が次第に外洋側に成長し,礁原の幅を広げます。礁湖は砂やサンゴ礫の堆積・枝サンゴなどの成長によって次第に浅くなり,現在に至ります。

私の研究室ではサンゴ礁の地形発達を明らかにするため,次のような手法を用いて研究を展開しています。

© 菅 浩伸
図Ⅱ-3 サンゴ礁の形成過程模式図(琉球列島の裾礁)
『日本の地形1 総説』東京大学出版会,および『Encyclopedia of Modern Coral Reefs』Springer の菅執筆部分の図を簡略化。年代値は放射性炭素年代暦年較正値。 

水中ボーリング機などを用いた掘削調査

私の研究室では,サンゴ礁の外洋側礁斜面など,海中にひろがる現成サンゴ礁の内部構造を明らかにするため,浅海域の水中でボーリングを行う機材とノウハウを開発してきました。1990年代に株式会社ジオアクトとともに開発した水陸両用油圧式ボーリング機は,主に船上の油圧ユニットと水中でドリルビットを回転させる油圧モーターなどで構成されています(図Ⅱ-4)。海底に設置した独自設計の掘削用マストで水中部の油圧モーターやロッドを上下動しながら掘削します。この機材の制作によって,研究者自らが潜水してボーリングコアを採取することが可能となりました。日本でただ一つの,この水陸両用ボーリング機を使って,これまでに琉球列島や小笠原諸島の島々やミクロネシアの環礁で水中ボーリングを成功させ,貴重な試料を採取しています。

開削水路の水中露頭を用いた断面観察

港湾や漁業など様々な目的のためサンゴ礁を横切るように人工的に開削された水路がありますが,このような水路に潜水し,壁面から直接サンゴ礁堆積物を観察し,試料を採取する方法です。私が大学院生のときにはじめた独自の調査法で,簡便で調査費用が安くあがるのに加えて,ボーリングコアでは難しい横方向に連続した地質構造を観察することができ,サンゴ礁の岩相について新たな理解が進みました(以下のトピック参照)。これまでに琉球列島やグレートバリアリーフ,ミクロネシアなどで,このような水中露頭観察を実施してきました。

© HIRONOBU KAN
図Ⅱ-4 水中ボーリング機を用いた調査風景とその模式図

<トピック> サンゴ礁の成り立ちと人類の定住(琉球列島・渡名喜島)

水中露頭調査によって明らかになった渡名喜島のサンゴ礁形成史からは,サンゴ礁と砂洲の形成,そして人類の定住が関連して起こっていたことを提示することができ,考古遺跡の立地や遺物の時系列変化について新たな理解を産むきっかけとなった。

沖縄島から55 km西に位置する渡名喜島。沖縄の伝統的な集落がのこるこの島では,南北の山地・丘陵地をつなぐように発達するトンボロ(陸繫砂洲)が,人々の生活の舞台である。

渡名喜島西側の航路開削断面(図Ⅱ-5上)からサンゴ礁の発達過程を調査したところ,約6000年前にはサンゴ礁はまだ島の周囲に発達しておらず,南北の山地の間は枝サンゴ群集が広がる潮通しのよい浅海であったことがわかった(図Ⅱ-5A)。約3800年前にはサンゴ礁が島の周囲をとりまくように発達し,外洋からの波を遮る防波構造がつくられた。島の周囲は穏やかな浅海域となり,砂洲が発達した(図Ⅱ-5B)。海岸に残された地形的証拠からこの時期に若干の海面低下があったことも示唆でき,砂洲は安定した生活地盤となったと考えられる。

この陸繫砂洲からは、島最古の遺跡「渡名喜東貝塚」が発掘されていた(当真・大城1979)。ここでは、サンゴ礁起源の白色砂層の上に黄褐色土層、その上位に褐色土層が載っている。褐色の腐植土層の出現は、砂州が安定し砂州表面が植生に覆われたことを示している。そして下位の黄褐色土層から,貝塚時代前4期の伊波式・荻堂式・大山式、前Ⅴ期の宇佐浜式などの土器が出土していた。土器と同じ地層から発掘された貝殻の年代は約3800年前を示していた。沖側でのサンゴ礁の形成にともなって砂洲が安定し、その上で人類の生活がはじまったことがわかった。サンゴ礁と砂洲の形成,そして人類の定住が関連して起こっていたのである。

  • 文献:当真嗣一・大城 慧(1979)東貝塚発掘調査報告. 渡名喜村教育委員会編『渡名喜島の遺跡Ⅰ』1-44.

本内容については次の論文を引用して下さい。
Kan, H., Hori, N., Kawana, T., Kaigara, T., Ichikawa, K. (1997) The evolution of a Holocene fringing reef and island: reefal environmental sequence and sea level change in Tonaki Island, the central Ryukyus. Atoll Research Bulletin, No.443, p.1-20. 以下の図書でも紹介しています。『文明の盛衰と環境変動』 岩波書店 p.208-209 (2014).

© HIRONOBU KAN
図Ⅱ-5 渡名喜島のサンゴ礁・陸繫砂州の形成過程と貝塚成立のタイミング 西上空からみた渡名喜島、渡名喜島のサンゴ礁とトンボロの発達過程(年代値は放射性炭素年代暦年較正値)
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