<異文化の理解>授業情報

*基本的に、授業で配布したレジュメを掲載します。欠席などでもらい損ねた人は、参考にしてください(レジュメ現物の再配布は原則おこないませんので・・)。
*注意:このページには、「授業予定」として書き込まれるものもありますが、当日突然変更することもあります。その点はご了承をお願いいたします。
*「参考文献」は、日本語で書かれた、一般向けの平易なものを紹介することを目的としています。授業でとりあげたことをもう少し知りたいという人におすすめするものです。さらに詳しく知りたい人、相反する多くの議論を検討してみたい人は、学術論文にあたってみることをおすすめします。



 
【第一回】 1 イントロ
■自己紹介
■授業の進め方について
■はじめに:次の設問 (a〜g) のうち1〜3項目を選択して、回答を試みてください。(これらの設問は次回以降の講義に関連する問題ですが、あらかじめ明確な答えが用意されているわけではありませんから、自由に考えて書いてみてください。)
(a) 「人間とチンパンジーの違い」はなんだと考えますか?具体的な要素をあげながら、考えてみてください。
(b) 「狼に育てられた子ども」の逸話を知っていますか?知っている人は、それについて説明し、そこから人間について何がわかるかを考えてみてください。
(c) あなたは、文化に優劣がつけられると思いますか?ここでは一応、「優劣をつけることができる」という仮説をたてて、どういう基準を設けることができるか、検討してみてください。そして、仮説が正しいかどうか、あなたの結論を出してみてください。
(d) ある人がこういう主張をおこなったとする。「この世界には、わたしの意識しか存在しない。あなたという人間が存在するように見えるのも、実はわたしの意識が見ている幻想にすぎない。要するに、あなたはわたしの意識によってつくられた幻である!」これについて、有効な批判を試みてください。
(e) アフリカの狩猟採集民ピグミーの男は、大型野生動物の獲物をとっても、本人やその家族だけで消費することは普通ない。同じ集落にくらす他の人びとに肉が行き渡るように分配する。また、獲物をしとめた男が手柄を自慢することもないし、もらったほうもお礼などいわないのが普通である。なぜか。我々の社会でのふるまいを例にあげながら、考えてみてください。
(f) 多くの文化(社会)には、食物禁忌(タブー)が存在します。たとえば、ヒンズー教徒は牛を食べないし、イスラム教徒は豚を食べない。また、日本人の多くは昆虫や犬などを食べることに嫌悪を示すが、それらは決して全人類の共通感情ではない。これを「文化の違い」で片づけてしまうのは簡単だが、もう少し、そのような習慣の違いが成立した要因、たとえば環境の違いを考慮することなどによって説明ができないか。何らかの食物の例をあげて、説明を試みてください。
(g) イスラエルとパレスチナの間で現在も続いている反目と戦いは、なぜ解決しないのだろうか。とくに、これが「ユダヤ」と「アラブ」の宗教戦争であると言われることがあるが、これについてどう考えますか?
■講義スケジュールの概要説明
1  イントロ(教員の自己紹介、授業の進め方に関する説明)
2  「文化」の考え方 ─二つの流れ─
3  「食」と文化 ─昆虫はウマイかマズイか─
4  「戦い」と文化 ─戦争は人間の本能か?─
5  「未開」と「文明」 ─ヨーロッパ思想史を中心に─
6  石器時代の経済学 ─狩猟採集民はビンボーか?─
7  ジェンダーと文化 ─男女の役割を決めるのは自然か、文化か─
8  国家の起源 ─国家の出現は人類にとって自然なことだったのか?─
9  環境と文化 ─文化は環境によって決定される?─
10 焼畑の民族誌 ─「平等主義社会」は存在するか?─
11 全体のまとめ ─異文化とは何か→自文化とは何か─
12 予備日
★最終的な目的:「異文化の理解」には、「人間にとって文化とは何か」「文化の違いはいかにして形成されるのか。何が文化の違いをつくりだすのか」「文化に優劣は存在するのか」を自分なりに考える必要がある。模範解答が存在するとは限らないが、どのような考え方がありうるか、というバリエーションを知ることが、授業の全体の主目標である。
■文献(包括的なものを少々あげておきます。講義全体を通しての参考文献。)
・M.N.ガーバリーノ(木山英明他訳) 『文化人類学の歴史』, 新泉社, 1987, 256+41頁。
・J.E.ピーコック(今福龍太訳)『人類学とは何か』, 岩波同時代ライブラリー, 1993, 279+18頁。
・マーヴィン・ハリス(鈴木洋一訳)『ヒトはなぜヒトを食べたか』, ハヤカワ文庫, 1997, 349頁。(絶版だが入手可能なら、マーヴィン・ハリス(御堂岡潔訳)『文化の謎を解く』, 東京創元社, 1988, 254頁、の方がおすすめできる。)

 



 
【第二回】 2 「文化」の考え方 ─二つの流れを中心に─
■はじめに
・今日は、文化人類学の歴史をおもに振り返りながら、文化に関する考え方のバリエーションを学習する。とくに重要な概念は、「文化進化論」と「文化相対主義」である。これを念頭に置いておこう。
・複雑な歴史をたった一コマでやってしまおうという無理な設定上、偏りがあるということは承知されたい。とくに、ここではアメリカの文化人類学の歴史に時間を割く。
■前史:ごくごく簡単に
・18世紀の啓蒙主義:自然には秩序があり、その秩序を貫く法則を発見することが可能である。
・19世紀のロマン主義運動(啓蒙主義への大反動の時代):合理主義よりも感性的な関心が蔓延。
■文化人類学の歴史と代表的な系譜
(1)19世紀の進化主義(「単系進化論」)とその批判
・文化人類学の学問としての成立期は、19世紀後半といえる。この時期の代表的な人類学者に、モルガン(アメリカ)やタイラー(イギリス)がいる。モルガンの『古代社会』は、「野蛮」「未開」「文明」というモンテスキューの分類をさらに精緻化させ、世界の民族誌事例をそれぞれあてはめた。
・19世紀の人類学者は、おおむね単系進化説をとっていた。これは、民族や社会の進化は、単一の発達線上を、すべての人類にとって同じような内容を持つ一定の段階をふんで進行する、という考え方。また、彼らの多くは社会ダーウィニズム(cf.「適者生存」)を信じていた。
・そのころヨーロッパの大陸部では、デュルケームが登場し、「集合意識」という概念を持ちだしてきていた。これは今日の「文化」の概念に近いものといえる。(彼の主張:「人間が社会をつくっているのではなく、社会が人間を社会的にしているのである」)→1920年代のマリノフスキーに始まり、イギリスの機能主義社会人類学に(今日までも)大きな影響を与える。
・モルガンの進化主義→20世紀初頭に登場したボアズが批判。ボアズは、「文化相対主義」の立場を強く打ち出した。ボアズは、生物進化については認めていたが、文化進化論者たちが不十分なデータにもとづいて過度な一般化を犯している点を指摘。民族誌的データの収集を先にすべきと主張。類似性に対する多様性の強調。「そこにあるもの全部を採集せよ!」→「歴史的個別主義」
・ボアズの弟子たちは、文化相対主義の考え方を極限までおしすすめていった。20世紀中期のボアズ学派の代表的人物に、ルース・ベネディクト(『菊と刀』の著者といえば通りがよいか)やマーガレット・ミードなどがいる。彼らは、異常性や狂気、さらには性差が文化によって決定されると主張。また彼らは、そうして表現される文化の特徴は所与のものとして、原因を追及する試みはしなかった。
(2)新進化主義の登場と文化唯物論
・ボアズ流の「文化相対主義」は、科学主義的な説明や一般化を一切放棄したため、多くの者にとって不満・反発を感じさせるものとなった。
・(前置きとして)進化主義の流れは、ホワイト→スチュワード→サーヴィスと続く。ホワイトは、「技術決定論」を唱えた。社会は進化論的な変化を通じてか、もしくは高い社会が低い社会に取って代わるという形で、高次のエネルギー消費社会に進化する。(彼は危険なマルクス主義者であるという「不当な」レッテルを貼られた。)ホワイトは30〜50年代までアメリカの学界でほぼ無視される。
・60年代のスチュワードの登場(多系進化主義)。進化は環境への不断の適応。インカの灌漑システムの研究など(ウィットフォーゲルとの関係)。→ホワイトとスチュワードを結びつけ、現代の「文化生態学」の潮流に。環境、技術、人口の直接的な因果連関という考え。
・ハリスの文化唯物論は、スチュワードとの共通性が多い。ボアズ派の歴史的個別主義(歴史の法則性追求を拒否)とマルクスの弁証法(ヘーゲルの猿まね・理論を過度に難解に)を同時に拒否。それぞれの社会・文化の環境、経済、技術、生産様式の「下部構造」を最優先とする諸要素の連関によって、文化の多様性と進化を説明しようとする。
・サーリンズによる、ハリスの批判。「生産過程を規定するのは、人びとが何を生産しようと望み、どのようにして生産にとりかかるかを命じる、その社会の文化である」→エミックの重視。認識の歴史的な規定性。
(3)最近の動向の一部分
・「ポストモダニズム」:マーカス&フィッシャー(1986)『ライティング・カルチャー』→古典的民族誌の「主観性・政治性」を批判。90年代前半くらいまで、英米や日本の人類学を大きく揺さぶる。
・ポストモダニズムに対する批判。多くはその閉鎖性をついたもの。(ソーカル&ブリクモン、松田などを参照。)
・文化相対主義批判
■振り子のように繰り返し登場する二つの考え方 ─二つの考え方は、二者択一的なものか?─
・「唯物論」と「観念論」:「進化主義」と「文化相対主義」:「啓蒙主義」「科学主義」と「ロマン主義」:「環境決定論」と「文化決定論」:「本質主義」と「歴史修正主義」
■「エティック」と「エミック」:文化の研究において非常に重要な概念。
・エティック:通文化比較などの際に観察者が操作する、分析上の概念。
・エミック:ある社会の人びとによって共有される、その文化特有の概念・カテゴリー。
・一般に、進化主義者はエティックを重視し、相対主義者はエミックを重視する傾向がある。
■まとめ
・「進化主義」と「文化相対主義」は、19世紀後半以降の文化概念を考える上で、重要な異なる二つの軸であるといえる。いずれも、極端に走った場合には、文化や人間の理解に有害なものとなりうる。そして、両者は背反するものではないと考えることが必要である。
・「本質主義」を排すること。本質主義批判の多くも、また本質主義に陥りがちであることが問題である。いくつかの対立する考え方をあげたが、実は両極端というのは互いに似ているところがあるものだ。
■参考文献(さらに勉強したい人のために、日本語で読める平易な元ネタを中心に示します。)
・石川他編『文化人類学事典』、1987、弘文堂。(今後、概念の定義や学説などについて確認したければ、これが便利。図書館の参考書コーナーにあるので活用されたい。)
・M.N.ガーバリーノ(木山英明他訳)『文化人類学の歴史』, 新泉社, 1987, 256+41頁。(今日話したことの大部分はこの本に懇切丁寧に書かれている。)
・松田素二『抵抗する都市』、1999、岩波書店。
・ソーカル&ブリクモン『知の欺瞞』、2000、岩波書店。
■今日の設問
宗教について質問します。あなたは、近代社会がこのまま進んでいくにつれて、宗教は次第になくなる、あるいは形骸化されていくと思いますか?それとも、宗教は逆にますます盛んになっていくと思いますか?「近代と宗教」について、あなたが宗教についてどう考えるかということも含めて、述べてください。

 



 
 
 
【第三回】 3 「食」と文化 ─昆虫はウマイかマズイか─
■はじめに
・前回、冗長ながらも、文化の考え方には異なる立場が存在するという話をした。今回は、「食習慣の違い」という題材をとりあげながら、異なる立場からどのような説明がなされるかを考えてみたい。
・通常は、文化による食習慣の違いは、「単なる歴史上の偶然によってできた慣習の違い」「宗教上の観念の違い」として、理由を考えたり説明したりするものではないと考えることが多いと思う。しかし、もう一歩すすんで「なぜ?」を発してみたい。
■事例1 ブタは不浄? ─ユダヤ教徒やイスラム教徒がブタを食べなくなったのは、なぜか?─
(1)文化はその文化の思考それ自体によって説明されるべき、とする「文化構成主義」による説明(旧約聖書の記述:「蹄が分かれているもの、反芻するものは食べることができる。」(レビ記)
(2)民族間関係による説明(谷泰1997の「聖書の語り口の分析」)
(3)文化唯物論による説明(主として、ハリス1994に依拠)
・ブタの肉用家畜としての優秀さ:ブタは、一生のあいだ、餌に含まれるエネルギーの35%を肉に変えることができる(ヒツジで13%、ウシは6.5%)。→なぜ禁止されたのだろうか?
・<エミックな説明>ユダヤの律法学者の説明:ブタが不潔だから?
・人間の体に悪い、とくに19世紀に明らかにされた寄生虫との関係?
・さて、なぜユダヤ教は「反芻する動物」を食用動物として重視するのか?(→反芻するウシ、ヤギ、ヒツジは、人間と食物を競合しない。)
・反芻しないブタは、セルロースを分解できない。ブタは、森林や湿潤気候のなかで育てるに適している動物である。→中東は、乾燥化がはじまってから、ブタ飼育に非常に適さない場所となった。(ブタは中東ですでに1万年前には家畜化されている。聖書時代頃までは、まだ飼われていた。)
・人類学者カールトン・クーンの説明:ブタが中東で姿を消したのは、森林破壊と人口増加のため。(カシ、ブナの実やトリュフなどは森林がオリーブ林に変わるとともに消滅。アナトリア地域では、BC5000年頃から現在まで、森林は70%→13%に縮小。カスピ海沿岸の森林は4分の3が消滅。ザグロス山脈では、5分の4が消滅。この結果、ウシ、ヒツジ、ヤギなどにとっては好適な環境になるとともに、ブタは有害な動物になった。)
・古代エジプト、バビロニア、フェニキアなども、ブタ食をタブーとした(→民族間関係モデルの欠陥)。興味深いことに、これらの地域はいずれも、かつてはブタ飼養がさかんにおこなわれていたが、紀元前2000年前後あたりから、ブタに対する嫌悪・忌避が広まっていった。
・イスラムが広まっていった地域の多くは、ブタ飼養に適さないところだった。また、イスラムでもブタに寛容な例外的地域として、カシの森林に囲まれたモロッコ・アトラス山脈のベルベル人の居住地域。
■事例2 昆虫食
・昆虫食は人間の原型─チンパンジーを含む、猿の食性
・南極をのぞく全大陸で昆虫食が存在。とくに、イナゴ(バッタ)、キリギリス、コオロギ、アリ、シロアリ、ガ・チョウ・甲虫の幼虫やサナギ。カリフォルニアやアマゾンの先住民。中国(カイコのサナギ、セミ、コオロギ、カメムシ、ゴキブリ)、ラオス(ゴキブリの卵、タガメ、クモ)
・ヨーロッパ人は昆虫を食べて来なかったのだろうか?─ギリシャ・ローマ時代は昆虫食は普通。
・栄養面でも遜色はない。シロアリは100gあたり610カロリー、38gのタンパク質、46gの脂肪。100gのハンバーガーには、245カロリー、21gのタンパク質、17gの脂肪。イナゴは、乾燥重量の42〜76%がタンパク質、6〜50%が脂肪。タンパク質と脂肪のバランスはすこぶるよい。
・最適採食理論(optimal foraging theory):コスト/ベネフィットによる説明・理解。猿や狼も、えり好みをしながら食料を獲得している。
・最適採食理論は、身の回りの食物リストのうち、あるものは食べあるものは食べないという、一見気まぐれにしか見えないようなことをうまく説明してくれる。そして、それは食物の量的変化に応じて、食性も変わってくるであろうことを暗示させてくれる。
■日本の場合 ─大型哺乳類の肉食が発達しなかった国?─
・犬と人の緊張関係:「食う食われる」の関係から、穢れのイメージが発生?
・建前と本音:表向きは肉食に対してマイナスイメージが存在したが、牛、馬、犬とも、食べられた形跡のある証拠は(近世まで)多くでている。
・675年 天武天皇の肉食禁忌令の意味:肉食と集約農業のトレードオフ関係?少なくとも、水田稲作の推進という国家事業との関連が深いもの。
・仏教は、「稲作推進の観点から肉食をタブーとする」国家政策にとって都合のよい要素を持っていた。
■犬
・中国、ハワイ、タヒチ、ニュージーランド(マオリ)
・キャプテン・クックの仲間、ジェイムズ・キング「犬が持つ社会的な特質、その忠誠心、献身、賢さといったものは、原住民にはおそらく永遠にわからないだろう」
・北米の245の先住民のうち、犬を食べるのはわずか75例という報告がある。しかしポリネシアと違い、野生動物が豊富。(ヘアー・インディアンの例)75例のうちの多くは、バッファローなどの大型狩猟動物に乏しい地域(カリフォルニアなど)。犬食文化の多くは農耕民か、野生植物の採集を主な生業とする人びとだった。メキシコでは、主要な家畜は犬と七面鳥で、野生動物も少なかった。
■まとめ
・「最適採食理論」は、環境や技術、生業様式などの諸要素の関連を考慮に入れつつ、コスト・ベネフィットの最適化という観点から、人びとの食習慣や生活様式が存在する理由を説明するものである。
・「最適採食理論」は、ひたすら現状を肯定することを意図するものではない。たとえば、もしある社会のなかで改革・改善が必要な状況が存在するとしたら、特定の文化における食物の取捨選択の合理性を知ることが不可欠である。これらの理論は、それらを知るためのツールであると考えられる。
・最も大切と思われることは、異文化の食習慣を「単に宗教上の観念に由来するもの」「迷信」などと即断する前に、何らかの理由が背景にあるのではないかと考えてみることである。
■参考文献
・谷泰『神・人・家畜─牧畜文化と聖書世界─』平凡社、1997。
・マーヴィン・ハリス『食と文化の謎』岩波書店、1994。
■今日の設問
戦争、あるいは戦いについて質問します。戦争(戦い)と人間に関する考え方として、「戦争は人間の本性であり、戦争がなくなることはない」という考え方と「人間は元来、平和的な存在であったが、社会が発展するにしたがって、戦争や暴力が頻発するようになった」という考え方があります。これらについて論評しつつ、あなたの戦争についての考え方を述べてください。

 
 
 



 
 
 
 
【第四回】 4 「戦い」と文化 ─戦争は人間の本能か?─
■はじめに
・戦争はなぜ起こるのか。人間の歴史において戦争は、いかにして始まったのか。さまざまな考え方が存在する。ここでは、ひとまず、「未開社会の戦争」の事例から考察することにする。
・戦争の通文化的研究をおこなっている人類学者のオッターバイン(K.F.Otterbein)は、1999年にアメリカ人類学会誌に発表したレビュー論文で、戦争の研究者には「タカ派」と「ハト派」が存在すると書いています。また、栗本(1999)もこれに類似する指摘をおこない、「人間社会は元来戦争にあったために、社会契約によって平和を維持するようになった」という「ホッブズ的戦争観」と、「人間は元来平和な存在であったが、社会が複雑化するにつれて、過激な戦争をおこなうようになった」という「ルソー的戦争観」が存在するとします。こうした状況にも留意しつつ、人類にとっての戦争について考えます。
■定義
・政治集団間の組織的な武力闘争(政治集団:国連、NATO、主権国家、民族集団、民族集団の下位セクション、首長国、村落の連合体、村落、出自集団(クランやリネージ)など)
■「戦争はなぜ起こるのか?」という問題に関するいくつかの見解
(1)人間の本性としての戦争(人間、とくに男性には「殺しの本能」が存在する、という考え方。問題点:同じ民族においてすら、好戦的な時期もあれば、平和的になることもある。プエブロインディアンや日本の例。本能、といってしまっては、そのバリエーションが説明できない。つまり、やくたいもない説明といえる。)
(2)連帯としての戦争(集団内のストレスを、集団外への攻撃によってやわらげる。かなり妥当性を持つ。問題点:人命を犠牲にするほどのメリットがあるか?もっと他の手段に訴えたほうがいいのではないか?)
(3)競技のための戦争(戦争とは競い合うチーム・スポーツのようなもの。平原インディアンの事例。問題点:ならば、平和的な教育をすれば解決するのでは?なぜそうならないのか?)
(4)政策、経済的な動機によるものとしての戦争(特定の資源、市場・貿易ルートの確保など。また、相手を征服することによる税金・貢納などのメリット。問題点:未開社会のケースを説明できない。→見返りのない戦争。)
■「未開社会」における戦争 ─未開社会にとって戦争はどういう意味を持つか─
・エヴァンズ=プリチャード『ヌエル族』:無国家社会では、戦争はいわば常態であることを、「分節社会」モデルによって実証的に論じた。「牧畜同じように、戦いはヌエルの主要な活動のひとつ」
・例1(ブラックフット):北米北西部に居住した狩猟採集民。19世紀に、周辺のショショニやフラットヘッドなどに対し軍事的優越。しかしながら、これは馬と銃を18世紀以降スペイン人から獲得した後のもの。白人の商人との交易関係を樹立した結果であった。他集団への攻撃も、領域の拡張ではなく、馬の略奪目的(馬は社会的な威信財)。→これは、伝統的な戦争に見えたものが、実は近代に成立したものだったという事例。
・例2(マリン):ニューギニア高地、ビスマルク山脈に居住する焼畑民。人口数百人のクラン(氏族集団)の集合体。クランは、戦争や儀礼の単位となる。ここでは、戦争と平和の時期が周期的に繰り返される。そしてそれは、人口、豚の頭数、そして儀礼の周期に密接にかかわっている。調査をおこなった生態人類学者のヴァイダは、この周期の原因を人口圧、土地の再分配といった生態人類学的説明に求める。食糧生産が低下すると、集団内部や集団間の緊張が生じる。
・例3(ヤノマミ):「獰猛な人びと」(シャノン)。ヤノマミの男性は、少年の頃から獰猛さ・残忍さに価値をおくイデオロギーをたたき込まれる。闘争心をたかめるための幻覚剤の使用。胸たたきの決闘、棍棒の戦い、襲撃、だまし討ち。戦いによる死は、成人男性の死因の約4分の1をしめる。<シャノンの解釈:領域の拡張のための戦争ではなく、女性の防衛および獲得のため。>
■社会にとって戦争はどういう意味を持つか(オッターバインによる比較研究)
a 戦利品(家畜、農産物、捕虜)
b 復讐・防衛
c 戦勝記念品・名誉の獲得(敵の力を奪う・取り込む→戦利品として体の一部を切り取る。)
d 敵の服属・貢納品の収奪
e 土地の獲得
*未開社会ではabが全体の4分の3をしめる。これに対し、国家社会ではadが多い。→国家社会における戦争は収奪を主目的とする。
*戦争と人口の関係:メルビン・エンバー1982の論文:資源の希少性は戦争の原因として重要である、という結果が統計的に支持される。ただし、結果的に成功するかは別の問題(cf: ターネイ・ハイ)。
■まとめ
・「なぜ人間は戦争をするのか」という結論は難しいが、ルソー的、ホッブズ的人間観にとらわれることなく、「いかなる状況で人間は戦争をするのか」を考えていくことが必要。
・「未開社会」の事例によって、わかることは、人口、資源などが少なくとも戦争の背景として重要なもののひとつであること。そして、戦争が国家の成立やジェンダーに歴史的に深く関わっている可能性もありますが、それは後ほどとりあげます。
■参考文献
・栗本英世『未開の戦争、現代の戦争』岩波書店、1999年。
・マーヴィン・ハリス『文化の謎を解く』東京創元社、1988年。
■今日の設問
・FIFA(国際サッカー連盟)の会長はこのほど、来年のワールドカップの主催国のひとつである韓国の国会議員に対し、「同国でおこなわれている犬の虐待をやめさせるよう」求める書簡を送った。FIFAの発表した記事を見る限りでは、犬を食べる文化のある韓国で、犬を処理する際に「余計な苦痛を与えている」点を問題にしているようだが、この背景には、欧米や韓国の動物愛護団体からの犬肉食そのものに対する抗議が背景にあるようだ。以上の一件について、考えを述べてください。

 



 
 
 
 
【第五・六回】 5/6 性差と文化 ─男性優位の社会は、なぜ広くみられるのか─
■はじめに
・性差による行動パターンや分業、地位の違いなどが現実に認められる。これは何に由来するのだろうか。生物学的な性差、文化的な性差、いずれか一方があるのか、それとも両方の側面が存在するのか。
・「男性優位の社会」が歴史的・地理的にきわめて広く存在するのに対して、「女性優位の社会」の例というのは、なかなか挙げるのが難しい。どうしてなのか。これらは本能に由来するものか、それとも文化や環境要因から説明可能なものか。
■初期の進化主義人類学理論による母権→男権移行論
・モルガン、エンゲルスの母権社会論:初期の人類社会が性的に平等もしくは母権的だったと主張。
■生物学的な性差
・形質・体力、味覚・嗅覚・触覚・視覚など、あらゆる身体能力において性差は認められている。また、かかりやすい病気の種類や数も異なる(モンターギュ)。ホルモンの分泌量の違いにより、行動パターンや能力に差異が生じる。
■通文化研究
・マードックによる比較研究(1179の社会を通文化比較):夫方または夫の父系親族への妻の居住を規範とする社会が4分の3。これに対し、妻方あるいは妻の母方居住を規範とするのは10分の1。また、父系制は母系制の5倍の頻度でみられる。さらに、母系社会のうち、母方居住は3分の1(残りは母の兄弟とともに住む─アバンキュロカリティ─出自は母系でも財産のコントロールは男性による)。逆(アミタロカリティ)は存在しない。→歴史的・文化的に「男性優位の社会」は広く認められる。
・レヴィ=ストロース:「婚姻とは集団間で交わされる女性の『贈与』である」
■未開社会における事例
(1)父系社会で、かつ男性優位の社会:ヤノマミの事例→戦争と男性優位の深い結びつき
(2)母系社会の事例:母系社会=女性優位の社会か?
・多くの母系社会では、子どもにとって、父親よりも母方のオジ(つまり母親の兄弟)との結びつきが強い。また、畑などの財産管理は、母親よりむしろ母の兄弟の手にゆだねられる。
・ヤノマミの事例において、戦争と男性優位の結びつきを指摘したが、じつは母系制・母方居住の社会にも戦争が頻発する社会に多くみられる(北米先住民のイロクォイ、プエブロなど)。これはなぜだろうか?これらは、男性優位の社会が戦争とは関係ないという結論に結びつくだろうか?→母系社会の戦争は対外戦争がひろくみられ、逆に父系社会では近隣の集団との戦争が頻発するケースが多い(ウィリアム・ディベイル)。→やはり母系社会においても、男性優位は広く認められ、またそれは戦争と結びついていると考えられる。
(3)父系の牧畜社会
・逆に、家畜に最大の価値をおく牧畜社会(東アフリカのマサイ、ヌエルなど)では、対外戦争が頻発するにもかかわらず、強固な父系制が保たれる。(財産は遠征部隊とともに移動する。)
■人口調整とマチズム
・女児殺しによる人口調整
■誤った考え方のいくつかの事例
・生物学的性差は存在しない
・生物学的性差は存在するがゆえに、男性優位は必然である。
・攻撃性は男性の本能であり、ゆえに男性優位の社会が普遍的にみられる。(cf. フロイト理論)
・女性の社会進出が現代社会の諸矛盾を生み出している
■まとめ
・生物学的な性差は存在する。
・男性優位の社会は歴史的・文化的にかなり広くみられる。しかしそれは「生物学的な差」によって説明するよりも、文化的な諸要因によって説明する方が多くを語ることができるように思われる。
・男性優位社会が広くみられることと、「男性優位社会が今後も永遠に続くかどうか」を考えることは、別の問題であろう。「なぜそれが今まで続いてきたか」という存続の条件を考えることは、性差やジェンダーに関してどのような立場をとる人にとっても、必要かつ有益なことと思われる。
■参考文献
・西田利貞『人間性はどこから来たか』京都大学学術出版会、1999年。
・上野千鶴子『女は世界を救えるか』勁草書房、1986年。
■設問(ジェンダーについて)
・あなたは、現代の日本において性別による有利・不利が存在すると思うか。具体例をあげながら、考えを述べてください。

 



 
 
 
【第七回】 7 階層はどのようにして生まれるのか ─「平等な社会」と「集権的な社会」の比較─
*12月14日の講義はこのレジュメに沿っておこないます。
■はじめに
・人は他の人びとから差別されることを望まない。平等でありたいと願う。しかし現代社会には、さまざまな差別が存在する。この問題は難しいが、とりあえず社会の複雑な分業がいかにして発生したのか、ということについて考える。
・前回に関連するが、人類の文化に普遍的に見られるのは「性にもとづく分業」と「年齢にもとづく分業」である。しかしそれ以外の分業の成立は、意外に新しい出来事である。これについて、「社会の複雑性にもとづく分類」を基本にしながら考える。
■社会の複雑性にもとづく分類(4つのレベル)
・バンド(小規模血縁集団):100人以下で構成される。メンバーは基本的に血縁、もしくは姻戚関係にある。狩猟・採集・漁撈・小規模な粗放農耕を営む。移動生活。分業は一般的に年齢・性別によるもの。統治機構や世襲的なリーダーは不在。
・部族:通常数百人〜数千人規模の集団で、定住または季節的に移住。複数の血縁集団からなる氏族(クラン)集団があり、通婚は氏族の間でおこなわれる(外婚単位)。また、氏族が土地所有などの単位となることが多い。世襲によらない、個人的能力にもとづく「ビッグマン」によるリーダーシップ。
・首長制社会:数千人から数万人規模の社会で、世襲による首長がさまざまな権限を持つ。
・国家:明確な官僚制と徴税組織、軍隊を持つ。複雑な再分配システムの管理。
■ビッグマンの世界と首長の世界
<ビッグマンの社会>
・集団の「平準化機構」と「過少生産構造」(cf 伊谷「人間平等起原論」)
・他のメンバーと同様の生業に従事。
・ビッグマンはその公共サーヴィス的な能力がメンバーに認められる限りにおいて、存在しうる。
<首長の特徴>
・外見的に他のメンバーとの区別がつく。(ハワイでは、首長の前に平民がひれ伏す。)
・配下の官僚も下位の首長であることが多い。(貴族階級の階層化)
・首長の生活は平民の余剰生産によって賄われる。(階級の出現)
・土器生産、皮革生産、製鉄などの専門の職業集団を持つことが多い。
・公共事業への労働奉仕(被征服者の取り込み)
・再分配経済(分け前が首長側に傾くと、税の前触れ。)
・エリートは泥棒か、それとも大衆の味方か・・・?:首長の権力の維持に必要なサービスは「他集団からの防衛・争いごとの解決」、「効果的な富の再分配」、「イデオロギー・宗教による支配の正当化」。(雨乞い、豊作、多産)
・首長とビッグマンの間には、統治するものとされるものの間の微妙な力のバランスが存在する。
■国家の出現
・大規模な奴隷制度(食糧生産や公共事業に対する労働需要)。
・血縁に直結しない官僚制度。
・愛国心と宗教。(未開社会では、不利な戦闘はおこなわない。)
・初期国家と大規模水利施設
・大人口が国家を誕生させた?→食糧生産と人口増加のフィードバック関係(公共施設の建造と管理・余剰の発生による階級分化・所有の発生)
■階級を発生させる条件は何か?
・食糧生産手段の管理
・他集団との競争・戦争:より有能なビッグマンを有する社会が、そうでない社会を淘汰する。また、集団間の戦争が頻発する状況下で権力の集中が正当化されやすい。(チェロキーインディアンの例:エチオピア南部諸社会の例:ズールー人国家:ハワイ、タヒチ、アステカ)
・ただし、首長制社会や国家が規模を拡大させていくにつれ、その維持のための難題を抱えていくようになる。それらを解決できないとき、崩壊する。(イースター島、古代文明、マヤなど)
・人口密度に関連した戦争の結末の違い(ダイヤモンドの説):(1)逃げることによって解決(人口稀少社会)(2)女性は成員にし、男性は殺す(中間段階)(3)奴隷とするか、併合して徴税(首長・国家社会)
■おわりに
・「ビックマン」と「首長」の間にあるものは、平等な社会をとるか、治安や食糧生産のリスク回避をとるかという2つの必要の間の微妙な綱引きのようなものであろうか。いずれにせよ、前回までに扱ったテーマを含め、資源、人口、性差、戦争、階層分化、といった要素は、どうやら互いに関連しているものらしいということを示した。
■文献
・伊谷純一郎・田中二郎編『自然社会の人類学』アカデミア出版会、1986年。
・ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』草思社、2000年。
■設問
「酒の飲み方」に関する文化・慣習について、ひとつまたはいくつかの例をあげて、それがどのような意味を持っているのかについて説明してください。また、酒について知っていることを書いてください。

 



 
 
 
 
【第八回】 8 チンパンジーの文化と人間の文化
■はじめに
・人間が持つ特別なものと考えられていたのが、「文化」である。文化とは、遺伝のような生得的メカニズムによらずに、世代をこえて集団によって伝達・継承されるものと考えられる。この文化は、本当に人間に特有なものなのだろうか。チンパンジーの行動や社会を通して考えてみる。こうした比較にもとづく考察は、人間がさまざまな文化を持つのがなぜかを知ることに役立つに違いない。
■チンパンジーの文化
・60年代以降の研究成果によるチンパンジーの文化:道具使用、狩猟、食物分配、戦い
・「ティーチング」はまれ?(奨励による教育、禁止による教育)
・ヒトの文化の特徴?:「行動の融通性」「ティーチング」「シンボルの効果」「情報の蓄積」
■チンパンジーの攻撃性・社会構造・平等主義
・子殺しについて
・「男の凶暴性」に関するランガムとピーターソンの仮説:チンパンジー、ボノボ、ゴリラに共通する特徴がヒトのより基層的な特徴と考えられる。
・チンパンジーとヒトの集団間抗争の共通性
・シンボルによる攻撃(他集団への罵倒)
・ランガムとピーターソンの仮説への、ボノボ研究者からの批判
■社会生物学・進化心理学からみた文化・人間観と、文化人類学からみた文化・人間観
・19世紀〜20世紀初頭のダーウィニズム・優生学・人類学
・社会生物学・進化心理学の基本的ドグマ「包括適応度」と「自然淘汰」
・遺伝と文化の境界はどこに?
■おわりに
・人間の文化の特性は、境界があいまいではあるが、チンパンジーなどとの比較によって浮き彫りになってきた。文化は人間に特有のもの、というかつての通説は否定されたが、ティーチングや蓄積にみられるような、あきらかに他の種と大きな差を持つ特性が存在する。
・人間は、集団の閉鎖性(攻撃性)と開放性」(平和指向性)をあわせもっている。前者の特性は「異文化の理解」のための障害となり、後者は可能性となる。
・ニュージーランドで1999年に成立した「動物福祉法」:大型類人猿→nonhuman hominid
■文献
・西田利貞編『ホミニゼーション(講座生態人類学8)』京都大学学術出版会、2001年。
・フリーマン、デレク『マーガレット・ミードとサモア』みすず書房、1995年。