第23回(2023年次)日本応用動物昆虫学会 奨励賞
松尾 和典
(地球社会統合科学府 包括的生物環境科学コース)
2023年3月13-15日に摂南大学(大阪府枚方市)で開催された第67回日本応用動物昆虫学会において、奨励賞(受賞タイトル:有用寄生蜂の探索と利用に関する研究)を受賞しました。一般社団法人日本応用動物昆虫学会は、食料生産に関わる昆虫やダニ等の研究者約1,300名で組織されている学会です。本稿では、受賞内容やその背景についてご紹介します。
食料生産において「この方法を採用すれば、必ず生産性・持続性が向上する」というものはありません。それぞれの国・地域の気候や政治、経済の情勢など、多様な要因が関わっているためです。それぞれの実情に合わせた生産戦略が重要になってきます。こうした視点で日本の農業を見たとき、生産者一戸あたりの農地面積のデータが際立っています(下表)。文字通り、桁違いの違いがあります。農地は集約する傾向があり、畑の隣には別の畑が広がっています。つまり、景観として農地を見たとき、日本と海外の農地景観は、全く異なることが分かります。海外旅行をした際に、一面に広がる壮大な農地を目の当たりにした方もいらっしゃることと思います。
●生産者一戸あたりの農地面積(農林水産省 2018)
国・地域 | 面積(ha) |
日本 | 1.8 |
EU | 16.9 |
米国 | 180.2 |
豪州 | 3423.8 |
生物にとって、農地景観の違いは非常に大きな影響があります。異質性の高い農地(狭い範囲に多様な作物が栽培されている。また、山や川など多様な生息環境が隣接している;日本)では、農地で見られる生物の多様性は高い傾向にあります。対照的に、均質性の高い農地(広大で単一の作物が栽培されている;海外)では、生物の多様性は低いという特徴があります。
近年、国内では、豊富な生物相を生かした害虫防除法である、保全的生物的防除が盛んに研究されています。同防除の実践には、圃場周囲に生息する天敵の種構成やその生活史を把握できていることが重要になります。私の研究する寄生蜂類は、同防除法の実践で中心的役割を担っているのですが、種同定が課題(捕獲しても種名が分からない)となって、実際の活用で大きな遅れをとっている事例が多数あります。こうした背景から、私は有用寄生蜂の同定システムの整備・簡略化を進めるとともに、利用法の検討に取り組んできました。例えば、ダイズサヤタマバエの寄生蜂Sigmophora tricolorの越冬寄主を特定し、年間生活史の解明に成功しました(Matsuo et al. 2013)。果樹カメムシ類の主要天敵チャバネクロタマゴバチに関しては、形態観察・種間交尾実験・DNA解析を駆使して約30年続いた分類学的混乱を解消し、現行の応用研究の基盤を構築しました(Matsuo et al. 2014)。また、畜産害虫サシバエの寄生蜂キャメロンコガネコバチを国内から発見し、日本の畜産業では初となる生物的防除の可能性を示しました(Matsuo 2020a)。この研究は日本農業新聞や畜産技術等の畜産情報誌で紹介されています。近年は、日本産オナガコバチの包括的研究(Matsuo 2020b)やクリタマバチの在来寄生蜂クリマモリオナガコバチの形態的特徴の再検討や在来寄主の特定に取り組み、生活史や寄生戦略に関する議論を深めています(Matsuo et al. 2021)。自身の主体的な研究に加えて、国内外で8回の同定講習会の開催、国内外の研究者等からの寄生蜂同定依頼について、のべ575種、計56,979個体の同定結果の無償提供により、潜在的に多数の研究プロジェクトの下支えをしてきました。一連の研究成果や当該分野研究への貢献をもとに、奨励賞を受賞しました。今後も食料の生産性・持続性の向上を目指し頑張ります。