九州大学大学院 地球社会統合科学府 Graduate School of Integrated Sciences for Global Society 比較社会文化研究院 Faculty of Social and Cultural Studies

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新任教員紹介

「ヴェルレーヌ研究」の話をするまで

倉方 健作

言語・メディア・コミュニケーションコース 言語文化研究院

ご専門のフランス文学研究って、何をしてるんですか、と聞かれても説明が面倒すぎる。だからこれからは「『星の王子さま』とか…」と答えることにした、という話を以前ある同業者から聞いた。彼の専門はもちろん『星の王子さま』の研究ではなかったはずだが、実際何だったか正確に思い出せないくらいには説明が面倒な研究ではあったのだとは思う。

ともあれ、誰それに関する研究です→それ誰ですか→何々という作品を書いた人で→知らないんですけどどんな話ですか→これこれこんな筋書きで…といったやりとり(これが済んでも自分の研究の独自性に辿り着くまでにはまだ相当の道のりがある)をすっとばす魔法のワードとして『星の王子さま』に頼る、というのがその同業者が選んだ作戦、有り体に言えば同業者に笑ってもらうために作った小ネタというわけだが、いずれにせよあまりうまくはない。業界が期待しているほど『星の王子さま』が万人に読まれているはずもなく、まずそこからして見込み違いだろう。それに、嘘をつくならつくで、なんで最初だけ「フランス文学が専門です」などと真正直に言ってしまうのか。そんな必要はそもそもない。そんなとき「フランス語を教えています」と言えば、嘘でもないし、それ以上仕事の内容を詮索されることもなく(「へえ! ペラペラなんですか!」と言われたりはしても)、この人もなにかの役に立っているのだとは思ってもらえるらしい、というのが経験則である。なお、この「役に立つ」の話は2段落あとに続く。

私の場合は、誰に対しても真実を告白することに決めている。ポール・ヴェルレーヌという詩人を中心に19世紀後半のフランス文学を研究してます、と正直に言うのである。もっとも、ここに甘えがないわけではない。ヴェルレーヌという詩人にはそこそこの(そこそこ止まりの)一般的な知名度があるからだ。ほら、上田敏の「秋の日の ヸオロンの ためいきの」って、教科書で読まされませんでしたか? とか、レオナルド・ディカプリオが出てた『太陽と月に背いて』って映画、知ってます?(あの「じゃないほう」ですよ!)といった取っ掛かりは、実際のところ同時代の他の作家より少しだけ多い。とはいえ『海潮音』も知らないし映画も観てません、という反応ももちろんあり得る、というか大半はそうだろう。研究の話をする相手は他分野の研究者ばかりとは限らない。正月にだけ会う親戚や、20年ぶりの同窓会で自分の研究の話を、あるいは酒を飲みながらするのも、ひとつの「アウトリーチ」ですよ、という話は3年ほど前から担当している「アウトリーチ」の授業でもしている。

文学研究をしていると言ったとたん、間髪入れず「なんの役に立つんですか」と聞かれることもある。真意が掴みにくいが、「わが国の経済発展に寄与しますか」なのか「それでお金が稼げますか」のどちらにより近いのかは、その都度雰囲気で判断している。少なくともその対価で給料もらってる人がここにいるんだから、帰納的に「意味がある」ってことにしていいんじゃないの? と開き直ってもいいのだが、建前としての答えも用意がないわけではない。しかし、冷静に考えれば、その建前自体、学振の書類を書いたりしているうちに知らず知らず自分のほうが騙されてしまっている虚構のような気もする。だが確信めいたものもいくつかある。まず、文学研究がなんの役に立つかという問いは、「役に立つ」という結論も受け入れる準備のある人によって問われることはほとんどないということ、そして良質の文学に触れる経験は、文学研究がなんの役に立つか、などとという問いをおおっぴらに口にしてしまうような人間をつくらないということ、この2点である。人は愛なしでは生きていけない、なのにそのことに気づかない人が世に溢れているのはなぜか、という壮大な問いに対して、馬鹿、トンカツ食ったことのない人間が「トンカツなしじゃ生きていけねえよ」なんて言うかよ、と喝破した匿名の投稿を以前ネットで目にした。文学はまさしくこの比喩における愛であり、トンカツである。

それでは本題の、私がどのようなヴェルレーヌ研究をしているかという話は、せっかくなのでお会いした機会に直接したいと思う。これまでの仕事には、研究論文のほか、単行本として『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』(鹿島茂と共著、2013年)、『あらゆる文士は娼婦である 19世紀フランスの出版人と作家たち』(石橋正孝と共著、2016年)、ピエール・ブルデュー『知の総合をめざして』(共訳、2018年)がある。この自己紹介文が読まれる頃には、ヴェルレーヌの評論『呪われた詩人たち』の翻訳も出ている予定である。


プロフィール
担当科目:言語・メディア・コミュニケーション論 D、文芸・文化交渉論 A (フランス近現代文学)、総合演習 C(言語・メディア・コミュニケーションコース)