九州大学大学院 地球社会統合科学府 Graduate School of Integrated Sciences for Global Society 比較社会文化研究院 Faculty of Social and Cultural Studies

学府について

新任教員紹介

発生の「しなやかさ」から紐解く生物多様性

小川 浩太

包括的生物環境科学コース 地球社会統合科学府
環境変動部門 生物多様性講座 比較社会文化研究院
昆虫科学・新産業創生研究センター 農学研究院附属

2018年11月に九州大学大学院比較社会文化研究院に赴任いたしました小川浩太です。昨年(2018年度)に設立された農学研究院附属・昆虫科学・新産業創生研究センターの教員も兼任しておりますが、居室はイースト1号館にあり、普段はこちらで仕事をしております。どうぞよろしくお願いいたします。

私は愛知県名古屋市の出身で、中学生の頃から現在に至るまでずっと虫取り三昧の生活を送ってきました。北海道で昆虫採集がしたい、その一心で北海道大学に進学しました。卒業後は基礎生物学研究所に就職し再び愛知県に戻り、この度、日本を縦断して反対側までやって参りました。西日本に住むのは初めてですが、自然豊かな九州で昆虫漬けの生活を送っています。世界でも有数の昆虫学者と昆虫標本が揃う九州大学で、研究できるようになったことを非常に嬉しく、また、誇らしく思っております。

さて、私が研究の対象としているのはアブラムシという昆虫です。 皆さんはアブラムシの事をどれくらいご存知でしょうか?家庭菜園で野菜や花を育てている方には「駆除しきれないやっかいな害虫」としてお馴染みかもしれません。アブラムシの繁殖力は非常に高く、「理想的条件下でアブラムシが1年間増殖を続ければ、1頭に由来する子孫の重量だけでヒト1万人分に相当し、地球表面を50cmの層で覆い尽くしてしまう」と言われているほどです。これが、アブラムシが害虫として悪名を馳せている最大の理由と言えるでしょう。これほどの増殖力を発揮できるのは、アブラムシが交尾も受精もなしに親が直接幼虫を産み出す「胎生単為生殖」とよばれる繁殖システムを獲得したからに他なりません。昆虫類では例外的に母虫が単独で直接幼虫を産むことで、短期間で爆発的な増殖が可能なのです。
しかしながら、アブラムシは常に単為生殖を行うわけではありません。寒冷な地域では、晩秋に有性世代(オスと卵生メス)が出現し、有性生殖により厳しい冬を越すための越冬卵が産出されます。そして、春になると越冬卵からは幹母と呼ばれるメス個体のみが孵化し、再び単為生殖で繁殖を開始するのです。つまり、アブラムシは気候が好適な春から夏にかけては胎生単為生殖で爆発的に繁殖し、厳しい冬は低温・乾燥耐性にすぐれた卵で過ごすのです。このように季節によって単為生殖と有性生殖を使い分けることでアブラムシは世界中で繁栄しています。それではアブラムシはこの単為生殖と有性生殖をどのように切り替えているのでしょうか?これがまさに私の研究テーマです。
単為生殖で産まれたアブラムシの子供は、母親の完全なクローンです。秋になって気温が低下し、日が短くなると有性世代(卵を産むタイプのメス)が出現しますが、単為生殖を行う母親とは遺伝的には全く同一です。秋の低温・短日という環境刺激によって、同一の遺伝型から異なる表現型を創出しているのです。生物の形質(表現型)は遺伝情報を基に発現しますが、その発現プロセスは時として環境要因の影響を受けます。そのため、アブラムシのように生物はしばしば単一の遺伝型からでも異なった表現型を生じます。これは「表現型可塑性 (Phenotypic plasticity)」もしくは「表現型多型 (polyphenism)」と呼ばれています。私はアブラムシの繁殖多型を材料に、生物が環境依存的に発生プロセスを変更し、適応的な形質を発現させる仕組みについて、組織形態学や分子発生学の研究手法を用いて解析しています。発生の「しなやかさ」を切り口に生物の多様性や進化メカニズムについてより深く理解したいと思い研究を進めております。

九州大学に来てから私の仕事に重要なミッションが加わりました。それは「白水コレクション」の管理と運用です。白水コレクションというのは、かつて比較社会文化研究院に所属していらした故・白水隆九州大学名誉教授が遺された膨大な数のチョウ類の標本群のことです。いわゆるオールドコレクションと呼ばれる古い標本ではありすが、現代では手に入らない標本も多く、その価値は非常に高いものです。私の幼少の頃の愛読書だった昆虫図鑑に載っていた標本も含まれており、その標本を見たときはとても感動しました。
昆虫の標本というのはどんなに理想的に管理しても経年劣化は避けられません。そこで、白水コレクションをただ管理するだけではなく、白水コレクションを活用したより多くの研究成果を後世に残せるように、研究リソースとしてユーザビリティの高い運用をして参りたいと考えております。私が赴任してからの半年で既に国内外計10団体15名の研究・見学利用がありましたが、潜在的な需要はもっと高いものと思われます。幸いなことに地球社会統合学府には考古学や人文学関係の貴重な資料を所蔵・維持・管理している先生方も多いので、研究手法のみならず様々なノウハウを学ばせて頂きたいと思っております。歴史的にも重要なこのミッションに携われることを誇りに思うと同時にその重責をかみしめております。それでは今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

プロフィール
担当科目:総合演習(包括的生物環境科学コース)他