九州大学大学院 地球社会統合科学府 Graduate School of Integrated Sciences for Global Society

卒業生の方

新任教員紹介

チベットと近代世界

小林 亮介

包括的東アジア・日本研究コース 比較社会文化研究院

2017年4月に比較社会文化研究院に着任いたしました小林亮介です。包括的東アジア・日本研究コースを担当しております。よろしくお願いいたします。 

学部・大学院では東洋史学を専攻し、チベット史・清朝史・中国近代史を学びました。学部時代に中国・インドなどを旅行し、また北京の中央民族大学での語学留学などを通じて、チベット(およびチベット仏教文化圏)に生活する人々の歴史・文化に関心をもった私は、大学院にて近代チベット史研究に取り組むことを決めました。
修士課程・博士後期課程を過ごした筑波大学大学院では、清朝や中華民国の公文書(檔案)の調査・分析方法を学び、それを主軸とした19世紀末~20世紀初頭にかけての清朝(および中華民国)・チベット関係をめぐる政治史研究を行いました。当時の私は、四川省西部のチベット人居住地域に割拠していたチベット系の在地有力者層の動向と、彼らを支配した清朝・チベット(ラサ)の両政権の関係に関心をもち、研究に取り組みました。この地域は、中国内地とチベットの境界地帯に位置しており、清朝末期の政治変動の影響を直接受けたエリアだったからであります。

しかし、王朝側の論理にもとづき作成された行政文書を主軸とするアプローチでは、チベット側の視点を取り込んだ複眼的な考察は難しいと考えていた私は、チベット語で書かれた当時のチベット人自身の手による文書史料の調査・収集を平行しておこないました。政治的にもいささか敏感な近代史にかかわるチベット語史料を外国人研究者が中国で収集することは楽ではありません。ですが、苦労して少しずつ集めた文書を読み、漢語・英語の史料などと比較検討し、複雑な歴史現象を少しずつ明らかにしていく作業は実に興味深く、自身の研究手法も確立できたように思います。
その後、2010年日本学術振興会特別研究員(東洋文庫PD)に採用されてからは、インドをはじめ中国の外部にて所蔵されるチベット語文書史料の探求に一層力を注ぎ、インドのチベット人コミュニティのなかで、日本では中々上達しなかった現代チベット語の口語習得にも努めました。語学を学ぶ過程はそのまま文化を体験し学ぶプロセスでした。特定の研究機関に所属していなかったため,履歴書にも残らないキャリアとなりましたが、資料情報の収集のみならず、大学院時代には体感する機会があまりなかった、チベット人自身の思考様式や言語感覚に触れることができ重要な経験となりました。

2014年2月~2016年2月にかけて、米コロンビア大学東アジア研究所にて訪問研究者(日本学術振興会海外特別研究員)として在外研究に従事する機会を得ました。渡米前は、何人かの隣接分野の研究者から、「アメリカでチベット史を研究することにどのような意味があるのか?」と尋ねられました。確かに、戦前からの仏教史研究の流れをくむ日本のチベット史研究の蓄積とその水準は、海外の研究と比べても決して劣るものではありません。しかしながら、近代以降のチベットについては、これまで日本では専門家も少なく、この分野で研究を深めるためには、欧米の研究者たちとの対話が重要です。とりわけ、コロンビア大学は近現代チベット学に関する専門の講座があり、アメリカ・中国・台湾・海外チベット人社会から集まる大学院生がチベット学を含むアジア研究に勤しむ重要な研究拠点です。さらに、同大学の位置するニューヨークには北米最大のチベット人コミュニティが存在し、人と情報が集まっているという魅力がありました。それまでアジアばかりをうろうろしていた私にとって、英語の運用は苦労をともなうものでしたが、新たな情報収集・研究発信の機会をアメリカに求めたことは、いまでは正解であったと思っています。

本年からは、フランス国立科学研究センター(CNRS)のチベット軍事史の共同研究プロジェクトに参加しております。チベットといいますと仏教文化を思い浮かべる方が多いと思いますし、実際に、研究上においても、軍事・戦争が注目を集めることはあまりありませんでした。しかし、20世紀前半、中国の地方軍閥や英領インドと対峙したチベットにとって、軍事改革は極めて重要な課題でした。さらに、軍事という、世界史の中で通地域的に考察可能なトピックからチベット史を照射することも、共同研究の大事な目的となります。 従来、ヒマラヤの「秘境」といったイメージが先行し、近代世界の中で「孤立」していたかのように捉えられてきたチベット史を、アジア史・世界史の中に位置付けることを目指して、研究に取り組んでいきたいと思っています。


プロフィール
担当科目:東アジア近代国家形成論